愛と哀しみの傑作(マスターピース) 「オフィーリア」

ジョン・エヴァレット・ミレー

「オフィーリア」

1枚の絵が、文学・演劇作品のキャラクターのイメージを決定してしまう。そんな傑作があります。ジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」。シェイクスピアの悲劇「ハムレット」のヒロイン、オフィーリアの死の場面を描いたラファエル前派を代表する絵画作品です。

鮮やかな色彩で描かれた細密な川辺の自然描写。間近に迫る自らの死を知ってか知らでか、恍惚とした表情で歌を口ずさみ、川面を漂うオフィーリア。名優ローレンス・オリビエは、監督・主演した映画「ハムレット」(1948)の一場面で、この絵をそっくり再現しています。

オフィーリア。復讐のために狂気を装うハムレットに捨てられ、ついに正気を失い、事故か自殺か判然とせぬかたちで、川に落ち溺れてしまう。ミレーの絵がオフィーリアのイメージを決定づけたように、この絵のモデルをつとめたエリザベス・シダル(1829〜1862)の人生は、この後まるでオフィーリアの物語のように展開するのです。

痩せた長身、赤毛にもの憂げな青い瞳、繊細で儚げな姿。シダルは当時の一般的な美人の範疇には入らない新しいタイプの女性でしたが、だからこそラファエル前派のミューズとなります。その後、同じラファエル前派の画家で詩人のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ*と婚約します。

ロセッティは婚約後も浮気をかさねます。それでもシダルは一途な愛を貫き、8年後の1860年についに結婚。しかし、ロセッティの浮気は止まず、弟子であるウィリアム・モリス*の妻ジェーンなど、多くの女性との関係を続けます。シダルは次第にアヘン・チンキを常用するようになります。そして、結婚2年目に妊娠。これでロセッティの浮気も収まるかと思われましたが、不幸にも死産してしまいます。その直後に、アヘン・チンキの過剰摂取のために32歳で死亡。オフィーリアと同じく事故とも自殺とも判らぬ若過ぎる死でした。


ジョン・エヴァレット・ミレー John Everett Millais(1829〜1896)

19世紀イギリス・ヴィクトリア朝の画家。学生時代にラファエル前派を結成。古典主義偏重の価値観に異議を唱え、イタリア・ルネサンスの巨匠ラファエロ以前の美術を範とした。代表作は「オフィーリア」、「初めての説教」など。


*ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828~1882):画家・詩人。ラファエル前派のメンバー。代表作は絵画「ベアタ・ベアトリクス」。詩人としては明治の日本文学に多大な影響を与え、上田敏「海潮音」に複数収録される。

*ウィリアム・モリス(1834~1896):イギリスの詩人、デザイナー。大量生産に対抗し、職人の手技を復活させ、生活とアートの統一を提唱する。


イラスト:遠藤裕喜奈


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