小日向文世 (俳優)
時空も性差も超越する劇世界を
演出家・白井さんと一緒にどう料理するか。
完成図が想像できない芝居づくりにワクワクします。
KAAT × PARCO プロデュース公演
「オーランドー」
KAAT神奈川芸術劇場
俳優としての堅固なキャリアとは裏腹に、俳優・小日向文世はあたたかな笑顔と天真爛漫な言動で、その場を一瞬にして和ませてしまう不思議な魅力の持ち主。その彼が、自身の出身である小劇場演劇界で「世代や演劇観が近しい存在」と認めるのが、KAAT神奈川芸術劇場芸術監督・白井晃だ。二人の久々のタッグが実現する場として選ばれた作品は、時空を超えるヴァージニア・ウルフの幻想小説が原作の「オーランドー」。時代、場所、性別さえも超越して変転する、美貌の青年貴族オーランドーの運命の軌跡をいかに舞台に乗せるか。新しい玩具を手にしたかのように、嬉々として語る小日向の言葉のはしばしから、演劇への愛情があふれてくる。
偶然により実現した久々のタッグ
16世紀イングランドに生まれた貴族オーランドーは、少年時代からエリザベス女王をはじめ、あらゆる女性を魅了する美貌を誇り、与えられる愛を享受する日々を送っていた。だが初めて自ら愛したロシアの姫サーシャには無情な別れを突きつけられ、傷心でトルコをめざす。その地で30歳になったオーランドーは、一夜にして女性に変身し……。
世に広まりつつある「オーランドー」のチラシ&ポスターには、マジカルな作品世界を生きるキャラクターを戯画化した、キッチュでカラフルな衣裳とメイクに包まれた6人の俳優が鮮やかに刷り込まれている。中でも異彩を放つのは、オーランドー役の多部未華子とともに、エリザベス女王と、女性となったオーランドーと結ばれる騎士シェルマーダインの二役に扮する小日向の姿。オーランドー同様に性を超越した二役に、はやくも入り込んだようなフォトジェニックな”なりきりぶり“を披露している。
「宣伝ビジュアルの撮影、すっごく楽しかったんですよ! 白塗りメイクやデコラティブな衣裳は久しぶりだったけれど、所属していた劇団オンシアター自由劇場では『ティンゲル・タンゲル』という、寸劇や音楽、大道芸などが混在するショウを毎年のようにやっていて、今回のようなビジュアルで毎回臨んでいた。だから懐かしくて嬉しくて、本番の舞台も白塗りのままでやりたいと思ったくらい(笑)。最近社会性の高い、重い舞台が続いていたので、飛躍の大きな『オーランドー』の世界に飛び込むのが、楽しみで仕方ありません」
新たな作品との出会いは、意外にも古巣劇団での記憶に結びついたようだ。
「劇団では随分とコミカルなことをやっていたのに、離れてからはなぜかシリアスな役や作品を演じる機会が多くなっていたので、今回のように、完成図が想像できない舞台にはとてもワクワクします。それに、白井さんは劇団代表だった串田(和美)さんが創るオモチャ箱をひっくり返したような世界、お好きですよね? これまで何度も一緒に舞台を創っているくらいですから」
演出家・白井とのタッグは99年の「阿呆劇・ファルスタッフ」以来18年ぶり。
「俳優同士としての共演はありましたが、白井さんの演出を受けるのは実に久しぶり。以前から『一緒にやろうよ』とお誘いはいただいていたのですが、なかなか実現しなかったんです。それが去年、別々の作品の関西公演の帰り、同じ新幹線に乗りあわせる偶然があって。なんとはない話の流れで『やろうか』と言ったら白井さん、その場でパソコンを開けてあたためていた企画一覧を見せてくださり、そのなかで僕が一番興味を持ったのが『オーランドー』でした」
飛躍の大きな作品への期待
男女両性の複数役を演じるアイデアは、最初の密談時からあったとか。
「オーランドー役は美しい人がやるべきだと思ったのでお断りしましたが(笑)、一読してリアリズムの枠組みからはずれた戯曲だとわかり、いろいろなことができる可能性の大きな作品だと思えた。物語やドラマをすぐには理解できなくても、きれいで面白い、もう一度観たくなる舞台が、白井さんの演出ならできるんじゃないかと思ったんですよ」
わかりやすさよりも観る者の心に深く残ることをめざし、舞台と客席の境い目を取り去る演劇ならではの表現と美しさの追求を掲げる白井芸術監督の指針に、そのまま重なる小日向の言葉はひどく頼もしく感じられる。
「もちろん、そんな骨太で噛みごたえのある演劇作品を創るには、僕ら俳優にも相応のエネルギーが必要。時空を超える劇世界を俳優の生身で表現するためには、当然生みの苦しみもあるでしょう。年を取ったら少しは楽になるかと思っていたけれど、全然変わらないどころか、むしろ芝居づくりに関する体感は苦しくなるばかり。だからこそ覚悟を決めて、でも丁寧にゆっくりと創りながら、楽しむことも忘れない稽古場になればいいなと思っています」
続けて「でも白井さんって稽古時間がとても長いんでしょう? 僕らも劇団時代は朝から晩まで稽古や大道具づくりに没頭していたけれど、今は体力がもつかなぁ」と破顔した表情は一段とチャーミング。気負いなく、けれど必ず作品を牽引するタフネスさを発揮してくれるであろうことが、その語り口からも感じられる。
最後までガッチリとくらいついていくために
「白井さんが、この戯曲のどこから手をつけるのかも楽しみですよね。3人の音楽家による生演奏もあるし、“コーラス”という語り部的な存在も、劇中でどんなふうに機能させるのか考えどころです。劇中のドラマと観客の橋渡し役か、もっと音楽的なアクセントにするのか……わぁ、稽古タイヘンそう! でも、一つひとつのアイデアを具現化していくのが、こういう抽象的な世界観を持つ芝居づくりの醍醐味。メンバーには多部さんをはじめ、個性的かつ魅力たっぷりの俳優さんがそろっていますから、存分に話し合い、一緒に作品を介して遊べたらいいですよね」
と、力強く語った直後、自身と多部以外のキャストはまだ、どんな複数役を演じるかが確定していないことを聞いた途端に「え、早く役割を決めたほうが、俳優は役や作品についていろいろ考えられて良いのに。白井さん、まさか稽古が始まってから役を変えたりしないよね? 僕は決まっている二役以上は演らないからね!」と予防線を張る一幕も。
「でもなぁ。きっと自由劇場解散以来、ここまでたっぷり稽古するのは初めて、という時間になるんだろうな。ここはもう、腹をくくるしかありません! 白井さんがぶつけてくるものに、同世代の僕が負けるわけにもいかないし、最後までガッチリくらいついていかないと、ですね」
my theater myself
私にとってのKAAT神奈川芸術劇場
初めてKAATの舞台で演じたのは2011年の「国民の映画」。後に賞などいただきましたが、演じたナチスの高官ゲッペルスは「もう舞台に立てないかも……」というほど、悩み追い込まれた役で、キツさのあまり記憶がないんです(笑)。劇場の内装が上品な赤だったこと、大スタジオで収録用に別途演じたことは覚えていますが……。なので今回は劇場と出会い直し、魅力をじっくり味わいたいと思っています!
取材・文:尾上そら 撮影:末武和人
小日向文世 Fumiyo Kohinata
1977年にオンシアター自由劇場入団。96年の解散まで中核的存在として数々の舞台で活躍する。解散後は映画、TVにも活躍の場を拡げ重要な役どころで高い評価を得る。2011年の舞台「国民の映画」で読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞。12年公開の映画「アウトレイジビヨンド」ではキネマ旬報ベスト・テンで助演男優賞を受賞。近年の舞台に「ディスグレイスト-恥辱-」(16年)、映画に「サバイバルファミリー」「LAST COP THE MOVIE」(17年)など多数。テレビはNHK「まれ」(15年)、NHK大河「真田丸」(16年)、TBS「重版出来!」(16年)、ANB「緊急取調室」NHK「みをつくし料理帖」(17年)他。
2017年9月23日(土・祝)〜10月9日(月・祝) KAAT神奈川芸術劇場 〈ホール〉
原作:ヴァージニア・ウルフ 翻案・脚本:サラ・ルール
翻訳:小田島恒志/小田島則子
演出:白井 晃
出演:多部未華子 小芝風花 戸次重幸 池田鉄洋 野間口 徹 小日向文世
全席指定 S 8500円 A 6500円
(U24 4250円 高校生以下1000円 シルバー割引8000円等の割引チケットあり)
※未就学児の入場不可
◎新国立劇場 中劇場 2017年10月26日(木)~29日(日) 松本、兵庫公演あり
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