知れば、知るほど、好きになる「カストラート(castrato)」、「小鼓と大鼓」
音楽の小箱
カストラート(castrato)
バロック時代(16世紀末~18世紀中頃)のヨーロッパを熱狂させたスーパースター、それは「天使の声」と評された男女の性を越えた「カストラート(去勢)」歌手たちでした。
聖書の教えにより女性が教会で歌うことを禁じたキリスト教では、中世より聖歌隊の高声部をボーイソプラノや裏声の男性歌手が担っていました。しかし16世紀後半には、変声期前の少年に去勢手術を施してボーイソプラノの高い音域を保たせ、成人男性の大きな身体から発する女性よりも艶と張りのある美しい声を持つカストラートが誕生します。この時代、教皇の命でイタリアの劇場でも女性の舞台出演が禁じられていたため、作曲家はオペラのヒロインにカストラートを指定し、さらに男性主役である神や英雄も、性別を超えた超人的な声がふさわしいとカストラートを起用しました。
あのモーツァルトも、オペラにカストラートを起用していますが、「フィガロの結婚」(1786初演)など民衆に身近な題材を扱ったオペラでは起用していません。旧体制から近代市民社会への変革期を迎えたこの時代、男女が夫婦となり子どもを産み育てるという価値観や「自然への回帰」(ルソー)を提唱する啓蒙思想*のもと、人工的なカストラートは排斥されるようになり、18世紀後半になるとローマ教皇も教会や劇場で女性が歌うことを認めていきました。
今日のバロック・オペラ上演では、カストラート役の代わりとして、かつてファルセットのか細い声しか出ないとされたカウンターテナーが卓越した唱法でその弱点を解消し、聴衆を魅了しています。
*啓蒙思想:理性の啓発によって人間生活の進歩・改善を図る17、18世紀の近代市民社会の形成を推進した思想運動
Photoキャプション
カストラート(左右の大きな人物)が出演するオペラ舞台(18世紀画)。去勢手術をされた少年は成人後も背丈が伸び続けることが多かった
楽器ミュージアム
小鼓と大鼓
日本の膜鳴(膜を張って音を出す)打楽器には桴で打つ太鼓と、素手で叩く鼓があります。インドを起源とする鼓は中国を経て伝えられ、小鼓、大鼓となって室町時代から能の楽器として定着し、歌舞伎や民俗芸能でも用いられてきました。
小鼓、大鼓とも構造の基本は同じです。胴は砂時計型の木製で、その両端を金属の輪に張った馬の革で挟みます。革の縁には「調緒」という麻紐を通して革と胴を締めつけます。
小鼓、大鼓は一緒に、それぞれ一人ずつで演奏しますが、大鼓はリズムの骨格をつくり、小鼓は音色を変化させて彩りを与えるという役割があり、奏法が異なります。
小鼓は、左手ですくうように持って右肩に乗せ、下から打面にそえた右手で打ち上げます。その際、裏革を湿らせたり、調緒を強く握ったりゆるめたり、また打つ位置や打つ強弱を変えてさまざまな音高や音色を打ち分けていきます。
大鼓は、左膝にのせ右手で水平に打ちます。硬質な音を出すために、革は炭火で焙じて乾燥させ、調緒は固く締めて打ち込みます。より鋭い響きとなるよう右手に指皮を付けることもあります。
鼓は、打つ前に必ず「ヤ」「ハ」などの声を掛けます。それは能や歌舞伎の場面にあわせた表現であり、また何拍を打ったかを示す重要な演奏の一部です。
一見、同じような形にみえる小鼓と大鼓ですが、湿らせたり乾燥させたり、扱いが異なるのは興味深いところですね。
Photoキャプション
上:小鼓(直径約200mm、胴長約250mm)
下:大鼓(直径約230mm、胴長約290mm)
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