音楽堂・伝統音楽シリーズ 聲明「月の光言」
神奈川県立音楽堂
木のホールに満ちる僧侶たちの聲。
清らかな月の光を感じる至上の時。
神奈川県立音楽堂の伝統音楽シリーズでは、昨年の「雅楽」に続き日本音楽のもう一つの源流である「聲明」を上演します。
古代インドから中国大陸を経て日本に伝えられた「聲明」は、キリスト教の典礼で歌われるグレゴリオ聖歌のように、仏教行事の中で千年余を越え僧侶たちによって歌い継がれてきました。
ユニゾンで斉唱する西洋の聖歌とは異なり僧侶たち一人ひとりの異なる声で唱和する聲明では、響きの混ざり合いの中で独特の豊潤な音色が醸し出されます。空間を満たす圧倒的な響きと祈りの所作のもつ高い芸術性から、1960年代より音楽作品として上演されるようになりました。
2007年からは、木のぬくもりのある空間と響きの美しさを誇る音楽堂でも、聲明公演を重ねてきました。毎回、古典聲明とともに現代の優れた作曲家の委嘱新作を交え、時代特有の意味や世界観とは異なる視点と感性を加え、より豊かな表現世界を創り出し話題を呼んできました。祈りの声とホールの空間が呼応し合うその未知の音体験に、会場は不思議な高揚感に包まれるそうです。
今回の公演では、空海が伝えた真言聲明、円仁が伝えた天台聲明の二大潮流の指導者らが宗派を越えて結成した「声明の会・千年の聲」が、3年ぶりに音楽堂に登場。「月の光言」と題し、『鳥獣人物戯画』を所蔵することでも知られる世界文化遺産、栂尾・高山寺を開山した明恵上人を軸にオリジナルの舞台を上演します。
鎌倉時代初期の貴族社会から武士社会へと変わる激動の時代を生きた明恵上人は、「真言」のなかでも一切の災いを取り除く力のある「光明真言*」すなわち「光言」を広めたことでも知られています。「月の歌人」といわれるほど月の明るさ、清らかさを愛し月の和歌を残した上人は、月の光と自己の内面を深く見つめる「澄める心」の光とを重ね、人々の生と死に思いを馳せ現世の平安を祈りました。
「月の光言」は、明恵上人が後夜の鐘の音**を聴いて、峯の禅堂に上がり、夜半から暁までの間、心を一所に集注して静かに真理を追求する「観想」の姿を描写していきます。
上人が詠んだ「冬の月」三首と「光明真言」の功徳を詠んだ和歌を中心部に据え、ひとつの法会が構成されます。聲明の古典曲から、様式性に富む「散華」と「錫杖***」にはさまれる形で、大日如来の功力によって光明が亡くなった多くの人びとの体を照らし出す「光明真言の大行道」が営まれます。(構成・演出、田村博巳による覚書より)
さらに、上人の和歌や「光明真言」、上人の逸話に触れた「徒然草」の一節をテキストに、新進気鋭の作曲家、桑原ゆうが創作した新作が織り込まれ全体が構成されていきます。
桑原ゆうは、日本の音と言葉を源流から探り古今と東西をつなぐことを主なテーマに、国内外で意欲的に作品を発表してきました。昨年「声明の会・千年の聲」の委嘱新作を手掛けて高い評価を得るなど、本公演の新作を手掛けるのに最も相応しい作曲家といえるでしょう。
舞台や客席を行道する僧侶たちの声の渦に包まれ、月の光を見つめる明恵上人の眼差しに寄り添う至上の時。ぜひご期待ください。
文:川西真理
*真言宗において古来最も重要視される大日如来の秘密心呪で、〈オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン〉の梵語二十三文字から成る。
**未明から行う後夜の勤行の時刻を知らせる鐘の音。後夜は夜半から夜明け前の頃でおよそ午前3~5時までにあたる。
***法会を荘厳するために唱えられる4曲の2曲で、「散華」は花びらを撒き悪鬼を退け本尊を供養する漢語の讃歌、「錫杖」は、煩悩を退ける錫杖の功徳を説く漢語の曲で、節の終わりに錫杖を振る。
2017年11月4日(土) 15:00 (14:30からプレ・トーク)
神奈川県立音楽堂
構成・演出:田村博巳
出演:声明の会・千年の聲(天台・真言両宗の僧侶たち)
「月の光言」古典聲明と新作聲明(作曲:桑原ゆう)
全席指定 一般4500円 学生(24歳以下)2000円
関連講座
「明恵上人と聲明―日本の語り物音楽の源流『四座講式』について」
2017年10月18日(水) 14:00 神奈川県立図書館 〈4階セミナールーム〉
講師:新井弘順(真言宗豊山派宝玉院住職)
聴講料:1000円(受付終了)
Photo
上下: 2014年11月公演より ©青柳 聡
中:桑原ゆう
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