知れば、知るほど、好きになる「六方」、「チェレスタと鍵盤付きグロッケンシュピール」
演劇の小箱
六方(ろっぽう)
年明けは一年のうちで邦楽・伝統芸能に接する機会の多い時期です。そこで、今回は歌舞伎についてお話します。
歌舞伎には他の演劇にはない独特の演技があります。中でも特徴的な、これぞ歌舞伎! というものが「六方」です。荒事*の役が花道で引き込む時に演じられ、歌舞伎十八番の一つ『勧進帳』のフィナーレで、弁慶が喜び勇んで主人である義経を追いかける「飛び六方」が有名です。
六方とは、歩き方を力強く荒々しく様式化したもので、手を上下左右前後に大きく振りながら、足を強く踏み鳴らす演技です。右手と右足、左手と左足というように、同じ側の手足を同時に出して歩きます。飛ぶように進む「飛び六方」、手を軽く握って狐のような身振りをする「狐六方」(『義経千本桜』)、上半身は両手を大きく振り勇ましい大盗賊を表現し、下半身は遊女の色気あふれる足取りで歩くという何とも奇妙な「傾城六方」(『宮島のだんまり』)、平泳ぎのような手の動きで舞台から退く「泳ぎ六方」(『天竺徳兵衛韓噺』)などさまざまな六方があります。
六方の元は、江戸初期の派手な衣装で徒党を組み往来を闊歩した旗本奴*の傾奇者*たちの6つの組織・六方組(鉄砲組、笊籬組、鶺鴒組、吉屋組、大小神祇組、唐犬組)とするものと、天地東西南北を鎮める宗教技法・六方の儀からきたとの説があります。
*荒事:荒々しく豪快な演技、演目のこと。
*旗本奴:旗本の青年武士やその奉公人を中心とした侠客。町人出身の傾奇者・侠客を町奴と言う。
*傾奇者:華美で異様な風体・言動をする者。
Photo:『勧進帳』の弁慶(二代目市川猿之助)
楽器ミュージアム
チェレスタと鍵盤付きグロッケンシュピール
映画「ハリー・ポッターと賢者の石」の冒頭に流れるテーマ音楽を覚えていますか? あのミステリアスで繊細なメロディを、鈴のような響きで奏でているのが「チェレスタ」です。
チェレスタは1886年にオギュスト・ミュステルが考案した楽器。チャイコフスキーはその響きに魅了され、1892年に初演されたバレエ「くるみ割り人形」の「金平糖の精の踊り」にチェレスタを用いて、この楽器を広く世に知らしめました。
外見はアップライトピアノのようなチェレスタですが、その仕組みは異なります。鍵盤を押すとハンマーがピアノのような「弦」ではなく金属の「板」を打ちます。各板には木製の共鳴器が付いていてピアノより音が長く伸びます。グランドピアノのハンマーは弦を下から打つのに対して、チェレスタでは上から打ちます。チェレスタは金属の板をばちで打つグロッケンシュピール(鉄琴)に近い構造の楽器なのです。
チェレスタは、モーツァルトのオペラ「魔笛」でもパパゲーノが鳴らす「銀の鈴」の音として使われてきました。もちろんモーツァルト(1756~91)の時代にチェレスタはなく、楽譜には「グロッケンシュピール」と指定されています。当時のグロッケンシュピールは、「ばち」ではなく「鍵盤」を音板に付けて両手で弾く楽器でした。この「鍵盤付きグロッケンシュピール」はその後すたれてしまい、長年チェレスタがその代役を任されていました。近年は、チェレスタを製造する楽器メーカー(独・シードマイヤーと日・ヤマハ)が鍵盤付きグロッケンシュピールも手がけるようになり、こちらを使用する機会も増えています。
3月の県民ホール出張公演「魔笛」ではどちらの音色が聴けるか、お楽しみに。
チェレスタ
音域は4オクターヴから最大5オクターヴ半まで。1990年代初めにヤマハがグランドピアノのアクションを取り入れて、自由に強弱を変化でき、音域も広げるなどの改良を施しました
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