My Roots My Favorites 田尾下 哲(演出家)
出演者一人ひとりを大切にした、
それぞれの人間関係、人生を描く演出術に
感銘を受けました。
1999年、神奈川県民ホールで行われた首都オペラ「ラ・ボエーム」公演にパルピニョール役で参加しました。演出家のバウエルンファイントさんが2幕の稽古をした時の事です。出演者は60人ほどいたと思うのですが、舞台美術もまだない空間に、一人ひとりに役割を与え、人間関係を伝えて最初の10分ほどの場面を3時間かけてつけた時には、まるで魔法のように!その場面に活き活きとした空気が流れ始めたのです。それまでは何人かをグループにして、重ならないように立つ場所を決めて、背景として合唱を描くような演出にしか出会ってこなかったのですが、舞台上のすべての人にそこにいる意味を持たせ、人間関係を描いていく、それがドイツの演出家の手法なのだ……とショックを受けました。
その1年ちょっと後には、ドイツ人演出家のミヒャエル・ハンペ先生と出会うことになるのですが、バウエルンファイントさんに出会っていなければ、ハンペ先生の助手を志願することもありませんでした。それから16年後の2015年、私は神奈川県民ホールで「金閣寺」を演出させていただきましたが、この演目、1991年の日本初演が、世界初演を行ったベルリンドイツオペラの演出部長であったバウエルンファイントさんの演出でした。何か運命的なものを感じます。
出演者一人ひとりを大切に演出するという考え方は、バウエルンファイントさんの演出から学んだものです。私は、稽古が始まる前には合唱団員の名前を写真で覚えて稽古に臨み、全員の役割や動きを事前にプランしておくようにしています。もちろん、実際に稽古をして変わっていくことは少なくありませんが、人数と特徴から、その空間に存在する人たちの意味を吟味しておくのです。舞台は映像と違って観客が見る場所を選べます。だからこそ、舞台上どこもが生きており、合唱団を含め一人ひとりがいる意味を演出できる演出家でありたい、と思います。
田尾下 哲 Tetsu Taoshita
1972年兵庫生まれ、横浜育ち。第20回五島記念文化賞オペラ新人賞受賞。西洋演劇、演出をミヒャエル・ハンペに学び、2000年から演出家として活動。近年の主な演出にオペラ「後宮からの逃走」、「金閣寺」、「蝶々夫人」、「カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師」など。
Photo
©福里幸夫
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