芝 清道 (俳優)
人間は愚かしいが、まだ希望の光がある。
この作品を観て、人に優しくなってもらえたらうれしいですね。
劇団四季 ミュージカル 「ノートルダムの鐘」
KAAT神奈川芸術劇場
2016年に日本初演されるやいなや、人間の光と闇を深く描き出すストーリーと、斬新な演出、心を揺さぶるメッセージで大反響を呼んだミュージカル「ノートルダムの鐘」。本年4月からのKAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉での上演にあたり、物語の要となるフロロー役を演じる俳優の一人、芝清道さんに見どころを伺いました。多彩な役柄を演じてきた芝さんをして、「この役を演じるのは宿命だった」と言わしめた作品の魅力とは?
―これまでたくさんの役を演じて来られましたが、本作で演じるフロローは、かなり冷酷な役で驚きました。
演じた役の数でいえば、劇団四季では多いほうで、いろいろな役を演じさせていただきましたが、ここまで役作りに苦しんだ作品はなかったですね。このミュージカルは、愛する弟を亡くした大助祭フロローが、弟の子供であるカジモドを引き取るところから始まります。生まれながら障害をもつカジモドをなんとかして育てあげようと、大聖堂の鐘楼に住まわせるのですが、濃密に描かれるドラマの中で、彼は徐々に正気を失っていくのです。その変化がとても面白い役ですね。僕はこの役を演じることが、自分の宿命だったと思っているんです。
―人物像がより深く掘り下げられているところが、本作の魅力のひとつですね。
フロローだけでなく、カジモド、エスメラルダ、クロパン、それぞれ繊細に人間らしく描かれています。ミュージカルですが、演出家からストレートプレイのつもりで創作したと伺い、納得しました。
人間は誰しもが、善と悪の両方をあわせ持っています。フロローは一人の女性を愛したことで、善が悪へと変化してしまいます。彼の真面目な性格がどんどん崩れていき、道徳的な聖職者とは真逆になっていくんです。僕の好きなセリフは、フロローがエスメラルダに自分のものになるよう迫るシーン。彼女に ”怪物“と言われたフロローが、「この数週間で思い知った。わたしにかけられた呪い、それはわたしが本当に人間であるということだ」という、そのセリフが切なくて。自分の心に純粋で、悪とは言い切れない。僕のシーンではそこが一番好きですね。
―鬼気迫る演技ですが、役作りはどのように?
演出家から、心の闇や醜さを恐れず、正面から向きあってくださいと言われました。口には出さなくても、みんな闇の部分を持っている。その闇をあえて書き出してみたんです。やっているうちに自己嫌悪に陥って、しばらく落ち込みました。でも一回そこまで落ちないと、観客に対してリアリティが出てこない。一度グチャグチャになった状態から、それを再構築したんです。
宿命の役とのめぐり会い
―劇団四季との出会いをお聞かせ願えますか。
僕は福岡の出身で、高校までは歌もダンスも、いっさいやっていませんでした。三つ年上の兄が、東京の大学に行ってミュージカルをやっていたんですが、そのときは「はぁ、ミュージカル?」という感じでしたね。僕が高校3年のとき、正月に帰省した兄が、「劇団四季というプロの劇団があって、そこでミュージカルをやりたいんだ」と話してくれました。でも兄は、その三日後に事故で他界しました。兄の大学のミュージカルサークル仲間が葬儀に駆けつけてくれ、兄が演じている様子をビデオで見せてくれたんです。「君もやってみたら」と言われ、兄が通っていた東京の大学に入学し、そのまま4年間、ずっとミュージカルに打ち込みました。就職活動の際、兄が劇団四季に入りたいと言っていたのを思い出し、オーディションを受けてみたところ、合格をいただいたんです。
―今の俳優人生は、お兄さんがプレゼントしてくれたんですね。
簡単に食べていける世界ではないですし、途中で辞めていく仲間を数多く見てきました。僕も自分一人だったら、辞めていたかもしれない。でも、僕が芝居をやることは、兄が生きているということなんです。だから、自分から辞めるという選択はありませんでした。辛いことがあっても続けてこられたのは、兄がいたからですね。
―フロロー役に宿命を感じたというのは?
「ノートルダムの鐘」は1482年1月6日から始まる物語なのですが、1月6日は兄の命日。フロローは弟を亡くし、僕は兄を亡くしました。この作品を劇団四季で上演するかどうかを検討する際、さまざまな意見があったのですが、僕はこれしかない、フロロー役しかないと感じていました。すべてのシチュエーションが自分と重なる部分があり、これは自分の宿命で、絶対にやらなければいけないんだという思いに駆られたんです。これまでにいろいろな役を演じてきたのも、フロロー役をやるために、兄が僕を導いてくれていたからかもしれません。
人に優しくなれる芝居
―アラン・メンケン作曲&スティーヴン・シュワルツ作詞による音楽の魅力は?
教会音楽がベースになっているので、音に厚みがあり圧倒されます。とくに僕が歌う「地獄の炎」は、クワイヤ(聖歌隊)が加わり、迫力あるシーンのひとつです。メンケンさんは、東京でのプレビュー公演を観て、「すばらしい」と涙を流してくれました。シュワルツさんは、彼が手がけたミュージカルを大学時代に演じたこともあり、僕にとっては神様のような存在。その息子のスコット・シュワルツさんが本作の演出を手がけているのも、なにか縁を感じますね。
―まだ本作をご覧になったことのない方に、見どころを紹介してください。
人間の光と闇を描き出すストーリーや、音楽のすばらしさはもちろんのこと、演出も見どころです。特別な装置は使わず、1482年当時の中世ヨーロッパに実在した古典的な手法で作られているんです。舞台転換も、物語の中で俳優たちが行っており、とても演劇的な舞台になっています。
また、このミュージカルは、年に一回、人々が集まって芝居をやるという設定。最初の登場シーンは全員が会衆なんです。今年は僕がフロロー、君がカジモドというふうに、毎年みんなで演じながら語り継いでいくお話です。だから誰もがフロローであり、カジモドでもある。自分たちも登場人物と同じなんだというメッセージが込められていて、最後の最後に浄化される、そういう魅力もありますね。
―現代に通じるテーマが含まれている作品ですよね。
差別や迫害といったテーマを含んでいて、不寛容な社会に対する作り手の思いを感じますね。「ノートルダムの鐘」は、人に優しくなれる芝居だと思うんです。人間は愚かしい存在かもしれないが、捨てたものじゃない、まだ希望の光がある。観劇後に、そんな気持ちを持ち帰っていただきたいですし、誰かに対して優しくなってくれたらいいなと思います。シンプルで心に突き刺さる作品なので、ミュージカルを初めて見る人や苦手な方も、観たらきっと世界が変わると思いますよ。
my theater myself
私にとってのKAAT神奈川芸術劇場
生まれ育った福岡よりも長く横浜に住んでいるので、いまや第二の故郷という感覚ですね。KAAT神奈川芸術劇場に出演するのは、今回が初めて。観客としては数回訪れていますが、とくに音のよさに驚きました。昨年KAATで上演した劇団四季の「オペラ座の怪人」に出演した仲間たちが、みんな口々に「すばらしい劇場だよ」と言っていたので、とても楽しみにしています。
取材・文:浮田久子 撮影:末武和人
芝 清道 Kiyomichi Shiba
福岡県出身。1985年劇団四季入団。「エビータ」チェ、「ジーザス・クライスト=スーパースター」ジーザス、ユダ、「キャッツ」ラム・タム・タガー、マンカストラップ、「ライオンキング」ムファサ、「サウンド・オブ・ミュージック」トラップ大佐、「リトルマーメイド」トリトン、「オペラ座の怪人」怪人など数多くのミュージカルで活躍する一方で、ストレートプレイにも出演し、「アンドロマック」オレスト、「ハムレット」レイアーティーズ、「思い出を売る男」黒マスクのジョオ等にも出演している。
2018年4月8日(日) 〜8月28日(火) KAAT神奈川芸術劇場 〈ホール〉
原作:ヴィクトル・ユゴー 作曲:アラン・メンケン 作詞:スティーヴン・シュワルツ
脚本:ピーター・パーネル 演出:スコット・シュワルツ 日本語台本・訳詞:高橋知伽江
出演:劇団四季
全席指定 S 11880円 A・サイドA 8640円 B・サイドB 6480円 C・サイドC・サイドイス付立見 3240円
劇団四季予約センター 0120-489444 (10:00~18:00)
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