My Roots My Favorites 岡本知高 (ソプラニスタ[男性ソプラノ歌手])

ようやく出会えた先生に言われました。「歌える歌は全部歌えばいい」

 姉のピアノに合わせて家族みんなで唱歌を歌うような音楽に満ちた家庭で育ちました。中学で吹奏楽部に入部してアルトサックスを始め、将来音楽の先生になり吹奏楽とともに生涯過ごしたいという夢ができました。さっそく音楽大学に入るためにサックスのレッスンを開始。ところがレッスンはソロの勉強、一人では吹奏楽の音響に包まれることはない。「なんか違う」と葛藤を感じつつ、受験科目にあるので歌のレッスンも始めたら、がぜん歌うことが楽しくなってしまいました。実はミュージカルに興味を持ち始め、生まれ変わったら歌手かダンサーになりたいと思っていたんです。「生まれ変わらなくてもなれるのでは?」という気になり、ようやく専攻が声楽に定まって、音大へ進学しました。僕は高知県宿毛市の出身、近くには四万十川が流れています。川辺で発声練習すると野犬が集まってきて、一緒に上手なピアニッシモで遠吠えをする、のどかなところです。雲の上の夢と現実はあまりにもかけ離れていたけれども、無事音大に入学できました。

 そんな田舎育ちなので僕にとって東京は海外のようなところ、留学なんて全然考えていませんでした。でもアーティストのプロフィールを見ると海外で勉強している人が多い。だったら嫌なことはさっさと終わらせようと留学を決意。自分のレベルを知りたかったし、バロック・オペラをちゃんと勉強する気持ちでした。先生を紹介していただき、13人目でようやくこの先生だ、と思える方に出会い、パリのプーランク音楽院に通ったんです。女性の先生だったのですが、「バロックにこだわることはない、歌える歌は全部歌えばいいじゃない」とレパートリーを広げてもらいました。

 どんなジャンルでもちゃんと歌える歌手でいたいので、トレーニングは怠りません。30代になって憧れのミュージカルにも出演し始めました。最初にバロック・オペラをみっちりやって、さらにソプラノのレパートリーを学んだことは僕の財産。劇場に来てくださるお客さまのために、大切に歌いたいと思っています。 (聞き手・文:結城美穂子)


岡本知高 Tomotaka Okamoto

1976年生まれ。高知県宿毛市出身。世界的にも大変希有な「天性の男性ソプラノ歌手」ソプラニスタ。国立音楽大学卒業後、仏、プーランク音楽院を首席で修了。さまざまなアーティストやオーケストラとの共演に留まらず、海外オーケストラからの呼び声も高い。県民ホールでは、一柳慧作曲オペラ「ハーメルンの笛吹き男」を世界初演。


*6月3日(日) 神奈川県民ホール オープンシアター2018「ヘンゼルとグレーテル」に出演。 

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