アンドレア・ バッティストーニ(指揮者)

「アイーダ」は「オペラの女王」。
今回のプロジェクトは、
私のこれまでの日本における仕事の集大成になる予感がしています。

グランドオペラ共同制作

ヴェルディ作曲 オペラ「アイーダ」

神奈川県民ホール

 この10月、神奈川県民ホールで上演されるヴェルディのオペラ「アイーダ」は、全国的な話題をさらっている公演だ。札幌にオープンする札幌文化芸術劇場hitaruのこけら落とし公演を振り出しに、神奈川(神奈川県民ホール)、兵庫(兵庫県立芸術文化センター)、大分(iichiko総合文化センター)の4か所で上演される、日本を縦断する大プロジェクトである。いくつかの劇場が共同してオペラを制作する「共同制作」は近年盛んになりつつあるが、これだけ大規模なものはめったにない。

 全6公演の指揮を務めるのは、世界的な注目を浴びているイタリアの俊英、アンドレア・バッティストーニ。「アイーダ」は「オペラの女王」だと語るマエストロに、音楽家になったきっかけ、そして作品と公演の魅力について語っていただいた。


オーケストラに入って演奏した瞬間、人生が変わった


―指揮者になったきっかけを教えてください

 母がピアニストで、医師の父も音楽が大好きだったので、家にはいつも音楽が溢れていました。音楽は、家族の第二の言語のようなものだったのです。母の影響で小さな頃からチェロを勉強しましたが、正直ひとりで演奏するのはつまらなかったし、プロになるつもりもありませんでした。けれど故郷のヴェローナの音楽院で勉強している時にオーケストラに入らないかと声をかけられ、実際に入って演奏してみたらすっかり魅了されてしまった。人生が変わったんです。それまでオペラにも交響曲にもあまり興味がなかったのですが、それ以来大好きになりました。


故郷ゆかりのオペラ「アイーダ」。オペラ初心者にもお勧めです


―ヴェローナといえば、ローマ帝国時代の遺跡で開催される野外オペラ祭が有名ですね。

 ええ。ヴェローナでもう1世紀以上前から開催されているオペラ祭です。今回指揮する「アイーダ」はこの音楽祭の目玉で、毎夏上演されています。ヴェローナ生まれの子どもは必ず見る作品で、私が初めて見たオペラも「アイーダ」でした。今回、私の故郷の一部であるこのオペラを日本に持って行って指揮できることを、とても嬉しく思っています。

―「アイーダ」という作品の魅力と見どころを教えてください。

 「アイーダ」は完璧なオペラです。初めてオペラを見る方にもうってつけの作品だといえるでしょう。このオペラには、イタリア・オペラの二つの側面が同居しています。一つは、大規模なイタリア風のグランド・オペラである点。華やかで祝祭的で、大合唱があり、バレエやスペクタクルも楽しめる。音楽もスケールが大きく、色彩感に溢れています。イタリア風の幻想的な異国趣味も魅力です。

 一方で「アイーダ」には、主人公たちの心理を描く内面的な側面もあります。華やかな表面の下に、さまざまな人間関係が隠されているのです。愛の三角関係、アイーダと父との関係……でも一番重要なのは、国家や宗教のような大きな権力と、個人の人生との対立です。エジプトとエチオピアの戦争のような大きな出来事の前で、主人公たちの恋愛のような私的な営みが踏みにじられてしまうのです。

 ヴェルディは、人間の自由に敏感な人でした。教会権力にも批判的だった。アイーダとラダメスの恋人たちに死をもたらすのは、宗教的な権力者である祭司たちです。王女のアムネリスですら、彼らの前には無力なのです。

 このような集団と個人の対比を描くためにも、「アイーダ」のシンボルである巨大なスペクタクルをしっかり描くことが重要です。「凱旋の場」として知られる第2幕第2場のスペクタクルは、指揮していて一番やりがいがありますね。オーケストラ、合唱、ソリスト、舞台上のバンダと、大勢の人が一斉に音を出しているのをどうやってまとめるか。指揮者として役に立っているという実感があり、一番エネルギーを感じるし、ゾクゾクします。上手く行った時の満足感は計り知れません。そして、この場面のスペクタクルがあるからこそ、後に続く第3幕の心理的な場面が生きてくるのです。

作品の世界を体現した理想的な演出に、日伊のトップクラスの歌手が集う


―ローマ歌劇場のマウリツィオ・ディ・マッティア氏が演出した作品を、ジュリオ・チャバッティ氏が今回のために新演出し上演されますが、この演出はどのようなものなのでしょうか。

 イタリアの伝統的な色彩感にあふれ、装置が大規模で効果的で、「アイーダ」という作品が本来あるべき姿をあらわしたプロダクションだと思います。色彩感が豊かで情熱的な音楽作りをしたいと願っている私の考えにもぴったりです。「アイーダ」はテーマも普遍的で、現代的な演出も可能な作品ではありますが、色彩感とスペクタクルは絶対に必要。今回は本当に理想的です。

―キャストの魅力をご紹介いただけますか。

 日本とイタリアの選り抜きのキャストが揃いました。今まで日本で共演したトップレベルの方々、福井敬さん、清水華澄さん、上江隼人さん、妻屋秀和さんたちとまた共演できるのはとても楽しみですし、木下美穂子さんとは、昨年の私の札幌デビューでイタリア・オペラのプログラムをご一緒し、素晴らしい成果をあげることができました。今回札幌で共演する札幌交響楽団とも、その時初めて共演させていただきましたが、オーケストラのレベルもとても高く、またあたたかく迎えていただいて幸せでした。札幌は劇場のオープニング公演ということで、とても名誉に感じています。

 また今回、イタリアで活躍するモニカ・ザネッティンさんとサーニャ・アナスタシアさんにも加わってもらうことにしました。二人とも魅力的な色合いの声と素晴らしい演技力を備えた歌手で、ヴェローナの「アイーダ」で何度も共演しています。日本のメンバーもイタリアのメンバーも、クオリティは保証済みです。

―首席指揮者を務められている東京フィルハーモニー交響楽団との関係はいかがでしょう。

 素晴らしい関係で、とても満足しています。東京フィルとの関係は、初来日した時のオペラ「ナブッコ」(東京二期会)から始まりました。現在でも演奏会形式によるものを含め、年に2本のオペラを共演しています。オーケストラ曲の分野では、興味のある作品を一緒に探検してくれ、素晴らしい経験をさせてくれる、かけがえのないパートナーです。


「アイーダ」はオペラの女王。最高に感動的な体験を


―公演への抱負をお聞かせください。

 今回のプロジェクトは、私のこれまでの日本における仕事の集大成になると感じています。企画、オーガナイズから共演するアーティストまで、これまで出会った方々と一緒に作り上げていけるからです。このプロダクションを通じて、ヴェルディのオペラの偉大さを感じていただければと思います。

 「アイーダ」はオペラの女王です。興味をそそられる、そして最高の感動を得られる公演にしたいと思っています。ぜひお運びください。劇場でお待ちしています。


my hall myself

私にとっての神奈川県民ホール

 横浜も県民ホールも初めてなので、とてもワクワクしています。私の国を代表するオペラ作品である「アイーダ」で各地を回り、初めての町、初めての聴衆の皆さまにお会いできるのは大変嬉しいことです。同じ作品でも、場所が違えば公演の印象も、経験で得たものも違ってきます。それが楽しいのです。


取材・文:加藤浩子 


アンドレア・バッティストーニ Andrea Battistoni

 現在、国際的にもっとも熱い視線を浴びている若手指揮者のひとり。情熱的でスケールが大きく、同時に繊細で知的な音楽作りで、イタリア内外で多大な支持を得ている。

 1987年ヴェローナ生まれ。7歳でチェロを始め、地元の音楽院でディプロマを獲得。さらに作曲、指揮を学ぶ。2008年、スイス、バーゼル歌劇場で「ラ・ボエーム」を振って指揮者デビュー。以後順調にキャリアを重ね、史上最年少の24歳でスカラ座にデビューしたのをはじめ、ベルリン・ドイツ・オペラ、バイエルン国立歌劇場、マリインスキー歌劇場、イスラエル・フィルなど世界トップクラスの劇場やオーケストラで活躍。母国では、パルマ王立劇場首席客演指揮者をへて、現在ジェノヴァ、カルロ・フェリーチェ劇場の首席指揮者をつとめる。

 日本デビューは2012年、二期会公演の「ナブッコ」。翌年には「ナブッコ」で共演した東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会にデビュー、大成功を収める。以後東京フィルとの関係は順調で、2016年には首席指揮者に就任した。CDは日本コロムビアと専属契約を結び、多数のディスクをリリース。作曲家としても意欲的に活動し、またクラシック音楽の入門書『ぼくたちのクラシック音楽』(音楽之友社)を著すなど、マルチな才能を発揮している。


グランドオペラ共同制作

ヴェルディ作曲 オペラ 「アイーダ」

2018年10月20日(土) ・21日(日)  神奈川県民ホール 〈大ホール〉

演出:ジュリオ・チャバッティ 原演出:マウリツィオ・ディ・マッティア

指揮:アンドレア・バッティストーニ 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

出演(20日/21日)

アイーダ:モニカ・ザネッティン/木下美穂子 ラダメス:福井 敬/西村 悟

アムネリス:清水華澄/サーニャ・アナスタシア アモナズロ:今井俊輔*/上江隼人

ランフィス:妻屋秀和/斉木健詞 国王:ジョン ハオ/清水那由太 

巫女:針生美智子/松井敦子 伝令:城 宏憲/菅野 敦

*健康上の理由で出演者が変更になりました。

合唱:二期会合唱団 

全席指定  S16000円 A 13000円 B 10000円 C 8000円 D 5000円 E 3000円 学生(24歳以下・枚数限定)2000円


Photo(全て)

ⓒTakafumi Ueno

kanagawa ARTS PRESS

神奈川芸術プレス WEB版