My Roots My Favorites 斎藤友佳理 (東京バレエ団芸術監督)

厳しい時代のモスクワで出会った、素晴らしきバレエの恩師たち

 自分のプロフィールの冒頭に決まって書かれる「十代の時にソ連への短期留学を繰り返し」という表現が、以前はとてもいやでした。書かれるたびに「ソ連ではなく、ロシアです!」と言っていたのは、いろんな意味で、ソ連にまつわる温かみのある言葉を聞いたことがなかったから。自由がなく、娯楽もなく、家にテレビもない。皆飢えていて、レストランになんて年に一度行けたらいい──。でも、ペレストロイカを経てロシアという国になって20年以上が経った今、あらためて振り返ると、そんな時代でなければ、あの状況でなければ、あの人たちには出会えなくて、あの素晴らしいバレエ教育を受けることもできなかったと、気づかされるのです。

 当時のモスクワのボリショイ劇場は、後世まで継承されるべき作品、優れたダンサーを生んだ黄金時代。その中で、教えても何の得にもならない東洋人の私を受け入れて、ボリショイ劇場で練習させてくださったのがマリーナ・セミョーノワ先生です。それはもう大変、大変厳しく、エネルギッシュ! 世界最高峰のバレエ学校にその名が冠される、アグリッピナ・ワガノワの一番弟子で、何でもよくご存じの生き字引のような方でした。セミョーノワ先生が退かれてからはエカテリーナ・マクシーモワ先生に教えていただきましたが、生徒をまるでご自分の子どものように育てる、とても温かい方でした。

 お金がなくても、東洋人でも、時間が許す限り指導してくれた先生方との絆は、あの時代だったからこそ築くことができたもの。指導者としてそうあるべきと思います。私も東京バレエ団の芸術監督として、そこだけは絶対にぶれずにいきたい、と考えています。 

(聞き手・文:加藤智子)


斎藤友佳理 Yukari Saito

6歳よりバレエを始め、ロシアにて名教師に師事。1987年東京バレエ団入団。詩情あふれる踊りと表現力で多くの名演を残す。2009年ロシア国立舞踊大学院バレエマスターおよび教師科を首席で卒業。2015年に東京バレエ団芸術監督に就任。以後、数々のバレエ団初演を成功に導き、高評を博している。紫綬褒章をはじめ受賞歴多数。


*9月1日(土) 神奈川県民ホール 東京バレエ団 〈プティパ・ガラ〉 


Photo

©Nobuhiko Hikiji

kanagawa ARTS PRESS

神奈川芸術プレス WEB版