山田和樹 (指揮者)

横浜能楽堂という特別な空間に、伝統芸能をベースにした合唱を響かせるという初挑戦。
私自身、どんな音が生まれるのか、楽しみでしかたがありません。

音楽堂アフタヌーン・コンサート
山田和樹指揮 東京混声合唱団 特別演奏会

横浜能楽堂で聴く 伝統芸能と合唱の出会い

神奈川県立音楽堂 出張公演


 「今、もっとも多忙な指揮者」といわれる山田和樹。平成28年度から5年間のシリーズとして始まった「音楽堂アフタヌーン・コンサート 山田和樹指揮 東京混声合唱団 特別演奏会」の第3回は、「伝統芸能と合唱の出会い」というテーマのもと、休館中の神奈川県立音楽堂に代わって横浜能楽堂で開かれます。


横浜能楽堂に響きわたる
柴田南雄のシアターピース

―神奈川県立音楽堂は平成30年の4月から改修工事のために休館しています。代わりの場所として横浜能楽堂を選んだのは、山田さんだとうかがいました。

 県立音楽堂はとても素晴らしい木のホールです。そこで始まったシリーズをコンクリートの空間に移したくなかった。そこで、同じように木でできた能楽堂がいいな、と思ったんです。

 2014年にスイス・ロマンド管弦楽団の来日公演を指揮したんですが、交流イベントとしてスイス・ロマンドのメンバーが室内楽の演奏会を横浜能楽堂で行いました。その時、能舞台で西洋音楽を演奏するというのはなかなか面白いな、と感じました。まず、能楽堂は通常のコンサートホールと違って、舞台空間が左右対称ではない。その形の面白さを活かしたコンサートはできないかと考えた時、伝統芸能と合唱を結びつけるという発想が生まれました。

―日本古来の能楽堂という場所だからこそ、日本の伝統芸能と西洋音楽の合唱という芸術を結びつけてみようと思われたわけですね。

 そこで、東京混声合唱団のレパートリーにある柴田南雄のシアターピースを2曲取り上げることにしました。

 『追分節考』は、長野県碓氷峠に伝わる追分節をもとにした作品で、1973年に東混の委嘱により生まれました。追分節は馬子さんが馬を引きながら歌う民謡なので、この作品でも舞台から客席を練り歩きながら歌います。能舞台というのは神聖なものなので、上り下りをしてはいけないということで、今回は別の新しい方法を考えています。

 『萬歳流し』は、秋田県横手地方に伝わる横手萬歳をもとにしています。萬歳は家々を回って歌や踊りを披露する「門付け芸」で、日本各地に伝わっています。重要無形文化財に指定された地域のものもありますが、一方で継承者がほとんどいないという問題も抱えています。そうした貴重な伝統芸能をこの能楽堂で演奏することには、大きな意味があると思っています。これも『追分節考』同様、客席を使って演奏する予定です。

―『追分節考』には尺八も登場しますね。

 東混ではずっと長く、関一郎さんに演奏をしていただいています。歩きながら尺八を吹く、というのはとてつもない技術が必要で、誰にでもできるわけではないそうです。今回は、『追分節考』における関さんの経験や技術を次の世代に伝えていくという意味も含めて、新たに藤原道山さんに加わっていただけることになりました。実は『追分節考』の尺八は1本と決められているわけではないので、今回は2本の尺八によるスペシャル・バージョンをお届けできると思います。

—客席も使って演奏するという2つのシアターピースがどんな響きを生み出すのか、とても楽しみです。

 2曲とも、演奏者や指揮者がその場で即興的に曲を構成していくという特徴があるため、何千回、何万回演奏したとしても一度たりとも同じ印象の演奏になることはありません。毎回の演奏が特別なものになります。特に今回は能楽堂という、東混にとって新しい空間での初挑戦。私自身も、どんな音が生まれるのか、楽しみでしかたがありません。

異なる文化の伝統が出会うとき

―その他のプログラムについてもうかがいたいのですが。

 まず、リーク作曲の『コンダリラ(滝の精)』ですが、これはオーストラリアの原住民族であるアボリジニに伝わる伝統音楽を題材にした作品で、同じく動きのあるシアターピースです。伝統音楽と結びついたシアターピースということで、柴田作品と共通するものがあるので選びました。

 次に、ヴィラ=ロボス作曲『ブラジル風バッハ第9番』。『ブラジル風バッハ』は全部で9曲あり、いずれもブラジルの民俗音楽とバッハの作曲様式を融合させるという意図のもとに生み出されました。つまり、もともとの作品がすでに「伝統芸能と西洋音楽とのハイブリッド」になっているわけです。そこにもう一つ、日本の伝統芸術の殿堂である能楽堂という要素をプラスしたらどうなるのか。三つの異なる文化が融合する新しい音楽空間が生まれるのではないかと期待しています。

 ちなみに第9番は無伴奏合唱のために書かれた曲なのですが、非常に難しくてこのバージョンではなかなか演奏されず、ずっと弦楽合奏で演奏されてきました。しかし、現代の私たちの演奏技術をもってすればまったく不可能ではありません。この珍しいオリジナルの合唱バージョンをぜひお楽しみにしていただきたいと思います。

―最後に『合唱によるフリージャズ』という曲があります。

 種明かしすると、5年計画の「音楽堂アフタヌーン・コンサート」シリーズの中で、来年は「ジャズ」をテーマにしたいと思っているんです。そこで、来年への予告的な意味も兼ねて、合唱でフリージャズに挑戦します。これは合唱界広しといえども、今まで前例がなかったことだと思います。去年、東混の少人数のアンサンブルでフリージャズに初めて挑戦したんですが、これがなかなかよくて、それじゃあ合唱団全員でやろうということになりました。当日は、テーマもメロディもまったく決めず、完全な即興です。だから何が起こるのか、まったくわかりません。もしかしたら指揮者がいらなくなってしまうかも(笑)。


合唱の指揮をするということ

―オーケストラやオペラも指揮される山田さんですが、合唱を指揮する時には何か違いがあるのでしょうか。

 僕は幼い頃から合唱団に所属していて、東京藝大時代にはアマチュアの合唱グループの指揮をしていました。だから僕にとっては、合唱もオーケストラも両方指揮するということはとても自然なことです。そして指揮のやり方、ということに関していえば、オケも合唱もまったく変わりはありません。ただ、合唱というのは声という一つの楽器でできていますから、まとめやすいということはあるかもしれません。一方で、同じ楽器なので音色の違いを出すのは難しい。また、人間の体が楽器なので、ちょっとしたことで音程やハーモニーが微妙に変化してしまうという繊細な一面もあります。

—人間の声による合唱という芸術のどこに、いちばん魅力を感じていらっしゃいますか。

 「思いを声に乗せる」というところですね。合唱曲は「歌」ですから詩を持っているわけですが、同じ詩でも作曲家によってまったく違う音楽になり、まったく違う解釈があり得る。しかも、独唱曲と違って合唱曲は人数分の「思い」が音楽に乗ってくる。これは他のジャンルにはない面白さだと思います。

―うかがっていると、山田さんは合唱がとてもお好きなんだなあ、という気がします。

 とても楽しいですよ。人が「歌おう」とするとき、そこには願いがあり、祈りがあり、喜びがあるわけです。つまり、歌を合わせるということはとてもポジティブな行為なんです。だから、合唱は健康的だし、みんな笑顔になります。

 合唱というのはとても「救い」に近い行為ではないでしょうか。おそらく人類は言葉を持つ前から「歌う」という行為をしていたはずです。それは、今私たちが考える「歌」よりは「叫び」に近いものだったかもしれませんが、しかし、人は何かを願う時に声を合わせていただろう、という確信があります。つまり合唱は、人間の根底にある魂と結びついた芸術なんです。


my hall myself

私にとっての神奈川県立音楽堂

 私の祖母が年に数回、県立音楽堂で行われる三味線の発表会に出演していて、子供心にも「県立音楽堂の舞台に立つということはすごいことなんだ」と感じていました。そんな私が初めて県立音楽堂の舞台に立ったのは2001年3月、自分が組織したTOMATOフィルハーモニー管弦楽団(現・横浜シンフォニエッタ)の演奏会を開いたとき。以来、県立音楽堂の木の温かみや響きの美しさに魅了され続けています。またこのホールはスタッフさんがとても温かく、これまでもとても親身に支え続けてくださっています。全国的にも貴重な木のホールをこれからもぜひ守っていってください。


取材・文:室田尚子


山田和樹 Kazuki Yamada

2009年第51回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。以降、ヨーロッパを中心に破竹の勢いで活動の場を広げている。これまでに、ドレスデン国立歌劇場管、パリ管、フィルハーモニア管、ベルリン放響、バーミンガム市響、サンクト・フィル、チェコ・フィル、エーテボリ響など各地の主要オーケストラでの客演を重ねる。昨年はベルリン・コーミッシェ・オーパーにもデビューを果たした。メディアへの出演も多く、音楽を広く深く愉しもうとする姿勢は多くの共感を集めている。ベルリン在住。


神奈川県立音楽堂 出張公演

音楽堂アフタヌーン・コンサート 山田和樹指揮 東京混声合唱団 特別演奏会

横浜能楽堂で聴く 伝統芸能と合唱の出会い

2018年8月23日(木) 14:00 / 19:00  横浜能楽堂

出演:山田和樹(指揮) 関 一郎(尺八) 藤原道山(尺八) 東京混声合唱団

柴田南雄:追分節考~シアターピース~(1973年東京混声合唱団委嘱作品)

       尺八 / 関 一郎 藤原道山

柴田南雄:萬歳流し~秋田県横手萬歳によるシアターピース~(1975年)

S・リーク:コンダリラ(滝の精)

合唱によるフリージャズ

E・ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ第9番 他

全席指定 一般3500円 学生(24歳以下)2500円


Photo

上:ⓒLasp Inc.

中・下:ⓒ青柳 聡

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