Creative Neighborhoods 街と住まい 「真鶴出版2号店」
第 4 回
「美の基準」が過去と未来の住民をつなぐ
真鶴町の新しいコミュニティの拠点「真鶴出版2号店」
真鶴出版2号店の通りに面した風景。 「真鶴出版2号店」 設計:tomito architecture
写真提供:小川重雄
相模湾を眼の前にし、背景を箱根外輪山(がいりんざん)に囲まれた美しい漁港とみかん園があり、低層の木造家屋の穏やかな集落が広がる神奈川県真鶴町。この町には、町の景観を守ろうと行政と市民が必死に闘ってきた歴史がある。
1983年、政府の「アーバンルネッサンス」計画により都市再開発促進の規制緩和、民活路線が進められ、全国各地にリゾートマンション建設を加速させた。その流れに乗り、真鶴町にも民間大型マンションが建設された。それを機に、そもそも水源・生活用水不足という状況下で、町として大型のマンション建設を受け入れるべきか、真鶴の住民たちはこの課題に真摯に向き合い議論を重ねた。そこで真鶴町は、「給水規則条例」と「真鶴町まちづくり条例」を制定し、マンション開発から町を守った。
この「まちづくり条例」では、人々の生活の場や環境はその町の「美」でなくてはならないとし、それを後世に引き継ぐべき「質」として、真鶴独自の「美の基準」を設定した。その基準を場所、格付け、尺度、調和、材料、装飾と芸術、コミュニティ、眺め、という8つに分類し、69のキーワードをもとに具体的に言葉で定義している。
2018年6月、そんな背景を持つ真鶴の町に新たなコミュニティの拠点「真鶴出版2号店」が完成した。これは2015年に宿泊業を営もうと真鶴に生活の場を移した若手編集者の夫婦が始めた1号店をさらに出版業と共に拡張しようと古い民家を借りて改修したものである。出入り口を増やし、前面道路に面した窓を大きくすることで、町に開かれたコミュニティの拠点にしようと試みる。改修といえども、「真鶴出版2号店」の佇まいからは、「建築はコミュニティを守り育てるためにある」「建築は人々の眺めの中にあり美しい眺めを育てる」という「美の基準」への敬意を持って計画されていると感じる。誰もがアクセスしやすいアプローチには、施主である編集者と設計者(tomito architecture)の、地域に前向きに関わろうとする強い意志が見えてくる。
真鶴町では、この夫婦のように真鶴に移り住み、仕事を始める若者がここ最近増えてきているが、その移住の理由のひとつに「美の基準」がある。真鶴の「美の基準」は、町の共通言語となって真鶴の町並みを守り続けると同時に、根底に潜む「何が町の質であり、価値とは何か」という問いが、未来の住民となる若者の心を掴んだのだろう。こうした住民自身が町と真に向き合える環境こそが、Creative Neighborhoods(創造的な地域社会)ではないだろうか。
美しい漁港が広がる真鶴の町並み
『美の基準』の冊子
寺田真理子
横浜国立大学都市イノベーション研究院准教授。キュレーター。1990年日本女子大学家政学部住居学科卒業。90-99年鹿島出版会SD編集部。99-2001年「Towards Totalscape」展(オランダ建築博物館)、02年「ルイス・バラガン」展(東京都現代美術館)のキュレーション、企画を担当。07年〜横浜国立大学大学院“Y-GSA”特任講師。18年〜現職。主な共著に『Creative Neighborhoods—住環境が社会を変える』(誠文堂新光社、2017年)
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