愛と哀しみの傑作(マスターピース)川端康成 「篝火(かがりび)」
川端康成
「篝火(かがりび)」
川端康成の著作の中で「ちよもの」と呼ばれる一群の作品があります。成就しなかった初恋の人を扱ったもので、主な作品だけでその数20を越え、川端文学のひとつの分野をなしています。
1919年、第一高等学校生の川端康成は、級友と連れ立ち本郷のカフェ・エランに通うようになります。そこで13歳の女給・伊藤初代と出会うのです。店では「ちよ」と呼ばれていた、透き通るような色白の痩せた娘でした。
川端が初代に惹かれたのは、二人の生い立ちに共通する何かを感じたからでしょうか。川端は2歳で父を、3歳で母を亡くします。その後、祖父母と暮らしますが、8歳で祖母と、12歳の時には離れて住んでいた姉と、16歳で祖父とも死別します。旧家で財産はあり金銭的に苦労はしませんでしたが、天涯孤独の身となります。一方、初代は8歳で母を亡くし、翌年、尋常小学校を4年で中退。父と別れ上京し子守り奉公に出て、12歳の頃には女給として働き始めます。川端と初代の二人は、温かい一家団欒を知らずに育ったのです。
1920年、カフェ・エランのマダムは結婚を期に店を閉じ、初代はマダムの姉がいる岐阜の寺にあずけられます。翌1921年、川端は岐阜に初代を訪ね求婚します。川端22歳、初代はまだ15歳でした。この時を題材にしたのが小説「篝火」です。結婚の約束をした二人は長良川沿いの宿の二階から鵜飼を見物します。鵜飼の篝火の焔(ほむら)を映した初代の横顔を見た川端は「こんな美しい顔は彼女の人生に二度とあるまい」と書いています。しかし、運命は若い二人に冷たく、結局結ばれることなく別れてしまうのです。
その後初代は1951年に44歳で死去。1972年に子息が鎌倉市の鎌倉霊園に墓地を購入し、6月3日に母の遺骨を移します。偶然にもその同じ日、同じ鎌倉霊園に、同年4月16日に亡くなった川端は納骨されました。
川端康成 Yasunari Kawabata(1899〜1972)
大阪府生まれ。近現代の日本文学を代表する作家。新感覚派作家として注目され、日本独自の美意識を追求した。1968年ノーベル文学賞受賞。代表作は「伊豆の踊子」、「禽獣」、「雪国」、「眠れる美女」、「古都」、「美しい日本の私—その序説」など多数。
イラスト:遠藤裕喜奈
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