石橋杏実・近藤合歓(俳優)

新しく体験することばかり、すべてがチャレンジで新鮮です。
全身でヒロインの心を表現するために
いま改めて自分の身体と向きあっています。

劇団四季 

ミュージカル 「パリのアメリカ人」

KAAT神奈川芸術劇場

 『パリのアメリカ人』は、同名映画に着想を得、さらに時代背景や人物造形を掘り下げたストーリーと、ミュージカルの常識を凌駕した心躍るダンスシーン、スタイリッシュな美術で、ミュージカルの新領域を切り開いた話題作です。パリ、ブロードウェイ、ロンドンを席巻した本作は、本年1月東京で日本初演の幕が開き、いよいよ3月からはKAAT神奈川芸術劇場での上演が始まります。ヒロインのリズを演じる石橋杏実さん、近藤合歓さんのお二人に作品に取り組む姿勢や作品の見どころについてお話を伺いました。

―お二人は、小さいころからバレエを続け、海外留学、海外のバレエカンパニーを経て、劇団四季に入団、本作がヒロイン・デビューとなりますね。

石橋 新しく体験することばかりで毎日とても新鮮です。私はこれまでアンサンブルとして舞台に立ってきたので、長いセリフも歌のソロも一度も経験がありませんでした。作品を通じて一人の人物を演じるのも初めてです。演技、歌、ダンス、表現力……求められているすべてがチャレンジですが、リズ役を演じることで俳優として大きく成長していきたいと思っています。

近藤 劇団四季に入団してから今作が三作目の出演です。私もアンサンブルとして場面に応じてさまざまな役を演じましたが、舞台上で色々な登場人物たちの人生と関わりながら演技をするのはまったく初めてです。リズとして色々な人と向き合うことがとても楽しく、毎日が刺激的です。


バレエが導いてくれたリズ役との出会い

―お二人が演じるリズはバレエダンサーという役柄です。劇中のバレエシーンなどトウシューズで踊る場面も多くありますし、長くバレエを続けてきたからこそ掴んだ大役でないでしょうか。

石橋 トニー賞を受賞した時の映像を観て、本格的にバレエを使ったこの作品の存在を知りました。求められているのは本当に高度なバレエの技術ですし、海外では世界レベルのダンサーが演じています。まさか自分にリズを演じるチャンスがあるなんて夢にも思いませんでした。

近藤 入団したばかりでしたし、最初はアンサンブルのオーディションを受けていたのですが、リズ役はバレエの本格的なテクニックが求められる役なので、私がこれまで続けてきたことを生かせる、受けてみようか、でも主役だし……と自問自答し迷っていました。とても悩みましたが、興味があるなら応募してみよう、これまでやってきたことを生かせる可能性がゼロではないなら、と勇気を振り絞りました。

石橋 アンサンブルでオーディションを受けましたが、オーディションが進むうちにリズを受けてみないか、とのお話をいただき、チャンスを与えていただいたのだからと、思いきってチャレンジしました。

 劇団四季でバレエシーンを含む作品には『アンデルセン』などがありますが、作品数は限られています。リズはバレエをやってきたからこそ頂けた役だと思います。

近藤 劇団四季に入って最初に出演した『アンデルセン』でも、バレエシーンがあることが自分の支えになりました。好きだという一心で続けてきたバレエの経験が生かせるのは、私にとって大きいことです。

 ですが、作品の中でパ・ド・ドゥを踊るパートナーがいること、一人スポットライトの中で踊ることなど、経験しなかったこともたくさんありますし、バレエでは経験があってもミュージカルの中でそれをやるのはまた違いますから、やはり新しいチャレンジです。

―バレエの世界で活躍してきたクリストファー・ウィールドン氏の振付は、現代のバレエを反映し、さまざまなダンスの要素も含みますし、とても高度なテクニックが要求されています。

石橋 全身で感情表現する、ダンスの醍醐味が詰まった振付です。バレエでもここまで全身を使って踊ったことはなかったかもしれません。ウィールドンさんご自身が足先がとてもきれいで、足にこだわりのある方ですが、足だけに意識が集中していると踊れない振付になっています。上半身の動きがとても大切。どんなに複雑なステップでも上半身を忘れず全身で感情を表現しなければなりません。バレエ、特にクラシック・バレエではステップ自体には特別な意味がないのですが、ウィールドンさんの振付は動きのすべてに意味があるので、その意味を理解して踊ることが日々の課題の一つです。

近藤 これまでバレエを続けていくなかで、常に目指すものがありもっと向上しようとしてきましたが、この作品と出会ったことで、さらにバレエを極めていきたい気持ちが強くなりました。今改めてバレエに向きあいながら、自分の身体も見つめ直し、より美しくみせることを追求しています。

 リズはバレエがとても上手という設定ですから、私自身がその設定に対して、自信を持てなければなりません。自分をもっと磨いて、リズを堂々と演じられるよう、技術的にも表現面でも、バレエを極めていきたいと思っています。


心を開放するダンス
ミュージカルの醍醐味アンサンブルシーン

―「パリのアメリカ人」はドイツ軍の占領から解放された第二次世界大戦後のパリを舞台にしています。この時代背景はストーリーを理解するうえでとても重要ではないでしょうか。

石橋 この時代の事をもっと知りたくて、映画をいくつか見ました。見ていて辛くなることもありますが、『パリのアメリカ人』出演候補として選ばれてからは、目をそむけずに見るようになりました。でもどれだけこの時代の事を勉強してリズの内面に寄り添おうとしても、実際にこの時代を経験したわけではないので想像でしかありません。さらに彼女に近づき自分のものにしていきたいです。

近藤 私も映画などでこの時代のことを勉強しています。辛い思いをしたのは戦場に行った人たちだけでなく、隠れて暮らすことを余儀なくされた人たちもいました。そういった時代でも、『パリのアメリカ人』の登場人物たちのように光を求めて、明るさを失わず楽しいことを探して強く生きようとした人たちがいたのではないでしょうか。希望を失わないことや愛情を持ち続けることの大切さなど、色々なことを教えてくれる深い作品だと思います。

―リズは魅力的な、そして謎めいた女性として描かれています。

石橋  戦争で心に傷を負い、本心を見せず思いを心に封じ込めて生きているのです。だからこそ周りはもっと彼女のことを知りたくなり、彼女に興味を持つのではないでしょうか。ですが踊っている時だけは自分を解放できる、踊っている時が本来の彼女なんだと思います。キラキラ輝いている本当の姿がふっと見える時があって、一層周りの男性の心を惹きつけるのかなと思います。

近藤 戦争を経験したことが大きいと思います。さまざまなことを経験し、傷や影を持っています。本人はそれを周りの人に見せないようにしており、感情を表にあまり出しません。そのリズがジェリーと出会ったことにより、純粋に笑うことができ、普段は閉じ込めていた明るさや、本当の彼女自身を表に出すことができるようになったのだと思います。

―新しい時代を迎えたパリでリズが出会うのが、アメリカ人のジェリーです。彼はどんな存在なのでしょう?

石橋 心の中にどんどん入り込んでくる存在です。稽古中に、リズは心の窓が狭く、唯一、その心を覆っている壁を壊して入ってきたのがジェリーだったという話をして頂きました。リズが自分の本当の姿を知ることができたのはジェリーがきっかけ。人生を変えた男性なのだろうと思います。

近藤 ジェリーは人の心を開かせたり、相手の心の中に入っていくのが上手な男性です。彼といるとリズだけでなくみんなが気がつかないうちに心を許してしまい、いつの間にか楽しい時間を過ごしてしまうんです。リズに対しても、すごい勢いで心の中に入っていこうとするけれど、どこか紳士的で、温かいところ、優しいところがあります。ただ相手を振り回しているだけではないので、ジェリーは魅力的なのでしょうね。

―劇中のバレエをはじめ一緒に踊るシーンも多いジェリー役の俳優とのパートナーシップについてはいかがですか。

石橋 酒井大さんは、これまでずっとバレエダンサーとして活躍していらしたので、ミュージカルは初めて。私もこれまで長いセリフや歌のソロの経験がなく、お互いにはじめてのことばかりなので、一緒に探求し、築き上げてきました。稽古を始めたころより距離がずっと近くなったように思います。お互いに助け合いながら進んでいるところは劇中のジェリーとリズの関係にも似ているかもしれません。

 松島勇気さんともお稽古させていただいていますが、既にキャリアのある方ですので、松島さんの持っているエネルギーや勢いにのせていただいているといった感じです。

 バレエ学校でもパートナーと組んで踊ってきましたから、パートナーシップの重要性はわかっていましたが、今回はダンスだけでなくセリフや歌もあるので、その点ではバレエのパートナーシップとはまた違う面もあります。

近藤 松島さんとは『アンデルセン』で同じ舞台に出ていたのですが、その時は偉大な先輩を遠くから見ている感じで、まさか一緒に芝居をさせていただく日が来るなんて思ってもいませんでした。『パリのアメリカ人』で最初は緊張していましたし、ついていこうという気持ちが大きかったのですが、稽古時間以外でもお話しする機会が増え松島さん自身の温かさ優しさ、楽しいことが大好きなところなどに触れるようになり、それがジェリーとリズの関係を作る上でもいい時間となっているのだと思います。

  稽古が進む中で作品を通じて共演者の方との関係性も変化していきますね。この作品に出合って、たくさんのことを学ぶことができました。

―お好きなシーンを教えてください。

石橋  今までアンサンブルを演じていたこともあり、皆で一緒に作っていく楽しさのある群舞のシーンが好きです。リズがアンサンブルと一緒に踊るのは、第一幕の「ギャラリー・ラファイエット」のシーン、そして第二幕の「パリのアメリカ人」のバレエシーンです。特に「パリのアメリカ人」のバレエでは、全員で同じ振りをするところがあり、みんなのエネルギーが感じられて大好きです。ミュージカルの醍醐味ですね。

近藤 「ギャラリー・ラファイエット」のシーンは、リズがはじめて自然と笑顔になるとても大事なシーンです。その後のセーヌ湖畔でジェリーと会うシーンでも、歌やダンスを通じてどんどんジェリーとの関係が変わっていくところをみていただきたいです。目が合ったり、笑いあう回数が増えていくので、演じていてもなんだか嬉しくなります。

―KAAT神奈川芸術劇場での上演にあたりお客様に注目していただきたいのはどんなところでしょうか。

石橋 舞台稽古ではじめて装置を入れての全体像を観た時には本当に驚きました。プロジェクションマッピングも素晴らしいので楽しみにしていてください。私自身もKAATでの上演を楽しみにしています。

近藤 装置もそうですし、パリの街の景色やその中で行きかう人たちの描き方にもご注目ください。またお座り頂く位置によっても感じ方が変わると思いますので、座席を変えてご覧いただけると嬉しいです。


my theater myself

私にとってのKAAT神奈川芸術劇場

 横浜はおしゃれで素敵な街ですね。おいしいものを食べるのが好きなので中華街に出かけることもあります。KAAT神奈川芸術劇場では2階席から何度か劇団四季の作品を観劇しましたが、四季専用劇場の座席とは舞台を見る角度も違い新鮮に感じられました。(石橋)

 劇場全体が大きく、ロビーも広いですね。ホールまでエスカレーターで上がっていくのですが、劇場のデザインが近未来的でワクワクします。実際に舞台に立つとどのように感じられるのか楽しみにしています。(近藤)


取材・文:守山実花 撮影:末武和人


石橋杏実 Kyomi Ishibashi

埼玉県出身。3歳からバレエを始め、ジャズダンスや声楽のレッスンを重ねる。イギリスに留学しバレエの研鑽を重ね、イギリスのダンス公演等に出演。2015年6月オーディションに合格し劇団四季へ入団。『オペラ座の怪人』で四季での初舞台を踏み、『ウィキッド』『ライオンキング』にも出演。『パリのアメリカ人』ではヒロイン・リズ役を演じている。

近藤合歓 Nemu Kondo

長野県出身。小学生の頃からクラシックバレエを始め、ベルリン国立バレエ学校で研鑽をつむ。ドイツではいくつかのバレエ団公演にゲスト出演し、2016年劇団四季研究所入所。2017年『アンデルセン』で四季での初舞台を踏み、『ソング&ダンス 65』にも出演。『パリのアメリカ人』ではヒロイン・リズ役を演じている。


劇団四季 ミュージカル「パリのアメリカ人」

2019年3月19日(火)~8月11日(日・祝) KAAT神奈川芸術劇場 〈ホール〉

作曲:ジョージ・ガーシュウィン 作詞:アイラ・ガーシュウィン

脚本:クレイグ・ルーカス 演出・振付:クリストファー・ウィールドン

出演:劇団四季

全席指定 S 11880円 A・サイドA 8640円 B・サイドB 6480円 

C・サイドC 3240円 サイドイス付立見 3240円

劇団四季予約センター 0120-489444 (10:00~18:00) 

◎詳細はHPをご覧ください。

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