やなぎみわ展 神話機械 MIWA YANAGI : Myth Machines
神奈川県民ホールギャラリー
美術と舞台を往還するやなぎみわ、10年ぶりの大規模個展
たわわに実をつけた桃の木が、妖しくも美しく闇の中に浮かび上がる。
「女神と男神が桃の木の下で別れる」と題された本作品には、「古事記」のイザナミ(女神)とイザナギ(男神)を背景とした物語がある。火の神を産んだ時に火傷を負って死んでしまった女神は、死者の世界である黄泉(よみ)の国へと降りた。妻への想いを抑えきれず、黄泉の国を訪ねた男神は、「決して覗いてはいけない」と言われた禁断の扉を開けてしまう。そこに女神の変わり果てた姿を目にして、怖れをなした男神は逃げ出した。怒った女神は、黄泉の国の鬼女たちに追いかけさせた。男神は頭上の葡萄や足元の筍(たけのこ)を投げて、鬼女たちを追い払おうとする。ついに女神が自ら追いかけ、黄泉の国とこの世の境、黄泉平坂(よもつひらさか)にたどり着いたところで、男神はそこに実っていた桃を引きちぎり、女神に投げつけた。こうして女神と男神は決別し、女神は死の国へ、男神は生の国へと戻った。
この物語にやなぎは、一つの世界が二つに別れ、さらに果てしなく別れていく悲劇の始まりを見ている。本シリーズ4作品12枚の大写真を一堂に展示する空間で、私たちは桃の木に囲まれ、異世界との境界へと誘われるだろう。
そして、本展のタイトルと同じ「神話機械(Myth Machines)」と題されたもう一つの新作は、ギリシャ神話の文芸を司る女神たちの名を与えられた4台のマシンによる無人の演劇空間である。ベルトコンベアに並んだドクロを壁に投げつける投擲マシン「ムネーメー」。それに呼応するように喝采を送る振動マシン「テルプシコラー」。ロープで繋がれた手足がのたうつ「メルポメネー」。メインマシン「タレイア」が走行しながらそれらに照明を当て、音楽や台詞を奏で、劇が進行する。やなぎの構成・演出により、シェイクスピアやギリシャ悲劇、ドイツの劇作家ハイナー・ミュラーによる『ハムレット・マシーン』『メディアマテリアル』、20世紀フランスの美術家マルセル・デュシャンの作品などが重層的に織り込まれている。
本作の実現に向けて2017年に「モバイル・シアター・プロジェクト」が立ち上がった。マシン製作には美術系、機械工学系の大学、高等専門学校、高校および開催館が参加。やなぎと共にSkype会議などを重ね、作品のイメージに応えるべく技術やアイデアを交換し改良を重ねてきた。人間不在の世界でマシンだけが淡々と劇を演じ続ける一種のディストピアのようでもあるが、巡回展が始まってからも裏ではメンテナンスが欠かせず、マシンと人の手による協働作業が続く。さらに、会期中にはマシンと俳優、ミュージシャンが境界を超え共演するライブパフォーマンス『MM』が上演され、生と死の混沌とした世界が描き出される。
1990年代から現在に至るまで、現代美術のみならず演劇界でも忘れられないアートシーンを創出してきた美術家やなぎみわ。10年ぶりとなる大規模個展では、新作に加え、これまでの代表作「エレベーター・ガール」、「マイ・グランドマザーズ」、「フェアリー・テール」シリーズのほか、映像作品、演劇アーカイブなどが並び、やなぎの仕事を網羅的に見ることができる。高松からスタートし、前橋、福島、神奈川、静岡へと巡回する本展では、美術と演劇の両極を往還しながら生み出される、やなぎの汲みつくせぬ創造の泉にせまる。
文・森谷佳永(本属担当学芸員)
やなぎみわ
1967年神戸市生まれ。1990年代より女性をモデルにCGや特殊メイクを駆使した写真作品で注目を集める。2009年に第53回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表。国内外で個展多数。2010年より演劇プロジェクトを始動し、『1924』 三部作、『ゼロ・アワー 東京ローズ最後のテープ』など上演。2016年よりステージ・トレーラーによる野外劇『日輪の翼』を横浜・新宮・高松・大阪・京都で上演。
やなぎみわ展 神話機械
MIWA YANAGI : Myth Machines
2019年10月20日(日)〜12月1日(日) 10:00 -18:00(入場は17:30まで) ※木曜日は定休日
神奈川県民ホールギャラリー
一般1000円 学生・65歳以上700円 高校生以下無料
※障害者手帳をお持ちの方と付き添いの方1名は無料
※11/29(金)、30(土)はライブパフォーマンス開催のため17:00に閉場(入場は16:30まで)
※チケットかながわでの取り扱いなし(展覧会受付にて販売)
ライブパフォーマンス『MM』
2019年11月29日(金)・30日(土) 19:30 (19:00受付 上演時間 約1時間)
構成・演出:やなぎみわ
出演:高山のえみ 音楽:内橋和久
全席自由(入場整理番号付) ベンチ席2000円 立見1500円
KAme先行10/19(土) 一般発売10/20(日)
※本プロジェクトは、JSPS科研費JP17H00910に関連する作品です。
Photo(上から)
「女神と男神が桃の木の下で別れる:川中島」(部分)2016年 作家蔵
ライブパフォーマンス『MM』 2019年 撮影:表 恒匡 提供:高松市美術館
「My Grandmothers:YUKA」 2000年 作家蔵
「神話機械:ムネーメー(投擲マシン)」2019年 撮影:表 恒匡
やなぎみわ 提供:熊野新聞
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