やなぎみわ ステージトレーラープロジェクト『日輪の翼』

横浜赤レンガ倉庫 イベント広場(野外公演)

翼のあるトレーラー〜舞台が世界の「交通」であるために〜

やなぎみわ(演出家・美術家)

 我が舞台トレーラーは、2014年夏に台湾の虎尾という地方都市にある小さな工場で産まれ、盛大な爆竹音に送られて初めて公道に出た。高雄港から船に乗り横浜に到着、通関を経て日本に初上陸した。台湾では、荷台が舞台になっている700〜800台ものステージカーが国中を駆け巡る。歌謡ショーやカラオケで、寺の祭りや選挙運動を盛り上げる「貸し舞台」は、両ウイングが上がるだけでなく、油圧の力で屋根ごと持ち上がるスタイルで、内装には、けばけばしい電飾が光り輝く。

 私にこの舞台トレーラーを日本に召喚せねばならないと決意させた物語。それは、中上健次の小説『日輪の翼』であった。舞台トレーラーと中上健次は、惹かれ合って必然のように出会ってしまったのである。

 海と山の狭間にある熊野の被差別部落〈路地〉を舞台に、多くのサーガを紡ぎ続けた中上健次は、1984年に長編『日輪の翼』を書く。彼はこの作品によって、自らが紡ぐ物語そのものを、愛憎渦巻く〈路地〉から大胆に出奔させた。登場人物たちは最終目的地を考えることなく冷凍トレーラーに乗り込んで出発し、郷愁をかかえたまま全国の聖地を巡る。トレーラーに住む老婆たちは、生まれ暮らした地を懐かしんで語り、御詠歌を唱え、茶粥をすする生活をして、行く先々に束の間の〈路地〉を作ってしまう。同郷の運転手の若者たちは、老婆たちの望むとおりに、伊勢へ、諏訪へ、恐山へ、そして皇居へとひた走る。終局のない巡礼を描いた摩訶不思議なロードノベルである。  

 旅の空で御詠歌をうたう老婆たちはアオイドスの系譜者だ。文盲の彼女たちの歌や言葉は、形を残さない「声」という表現によって歴史を召喚し伝承する。旅物語というものは、旅をしながら語るのが正しい。ホメロスをはじめとする古今東西の吟遊詩人や遊芸集団が、自ら放浪を続けながら放浪者について物語ってきたように。  

 そして、男たちの動力が老女たちの生活空間ごと牽引するトレーラーは「移動する母胎」「流浪する路地」である。閉鎖された舞台車の内部は、展開した時の輝きとは真逆の、暗くて狭い空間であり、物語を生み出す原初の場所、幻影となった〈路地〉そのものである。走行する時は男性、留まれば女性のように閉じた体を開く両性具有的なトランスフォームが、生死、貴賎、聖俗、天地をひっくり返す装置なのだ。

 旅路の先々に舞台車が停まって翼を開き、夜空の下に有翼日輪の姿を現して光り輝く時に、舞台の床の片隅にグラスを置いて中上健次が酒を飲んでくれたら、と願っていた。しかしこのトレーラーを舞台にすると決めた時から、永久に移動を続けるであろう、このの中に、中上健次は早々と乗りこんでくれていたのである。

 金烏来たりて 天地交合う 夏芙蓉

文:やなぎみわ


やなぎみわ ステージトレーラープロジェクト

「日輪の翼」

2016年6月24日(金)〜26日(日) 18:30 

横浜赤レンガ倉庫 イベント広場(野外公演)

原作:中上健次(『日輪の翼』、『紀伊物語』より「聖餐」、『千年の愉楽』) 

演出・美術:やなぎみわ 音楽監督:巻上公一 脚本:山﨑なし

全席自由 (入場整理番号付き) 一般前売4000円  当日4500円  ほか各種割引あり

KAAT神奈川芸術劇場詳細ページ



Photoキャプション(上から)

Parasophia 京都国際現代芸術祭2015 ©Nobutada Omote

©Shen Chao-Liang

横浜トリエンナーレ2014 ©Miwa Yanagi STP.

©Miwa Yanagi STP.

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Parasophia 京都国際現代芸術祭2015 ©Nobutada Omote

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