一柳 慧 (作曲家・神奈川芸術文化財団芸術総監督)

彼らはどんな曲も、躊躇なく、のびのびと弾いてしまう。
フラックスは、上手いのに自由なカルテットです。

開館45周年記念  一柳慧プロデュース

フラックス弦楽四重奏団
現代(いま)を生きる音楽Ⅱ -New Sounds from NY-

神奈川県民ホール


2020年1月、「フラックス弦楽四重奏団(以下フラックス)」がアメリカ音楽プログラムと、オール一柳プログラムの二つを携えて横浜に帰ってくる。しかも今回は、演奏会だけでなく、現代音楽をめぐるシンポジウム、そして若手作曲家への作品公募と公開リハーサルなども含めた、ミニ・フェスティバルといった様相を呈する予定。プロデューサーを務める一柳芸術監督に、この四重奏団の魅力、そして企画全体について語ってもらった。

自在、奔放、精緻

―フラックスの来日が近づいてきましたが、一柳さんから見て、彼らはどんなカルテットなのでしょう。    

 普通のカルテットというのは、4人が常にがっちりとチームを組んで、緊密なアンサンブルを披露する、という感じでしょう。もちろんそれはそれで素晴らしいんだけれども、ちょっと閉鎖的な印象を受けることもあります。一方でフラックスの場合には少し違っていて―おそらく世界的にもこうした傾向が少しずつ増えてきているように感じるのですけれども―とても開放的なんですね。彼らの活動を見ていると、いつも4人でやっているわけではなくて、その中の二人でデュオをやったり、一人がオーケストラのソリストを務めたり、実に自由な感じなんです。

―現代音楽を専門的に扱うカルテットとしては、アルディッティやクロノスが有名ですが、彼らとの違いはどんなところにありますか。

 そうですね、アルディッティは素晴らしい団体だけれども、やはりヨーロッパの前衛的な音楽がレパートリーの中心にあります。一方、クロノスはいろいろな音楽をやるけれども、とりわけロックをアレンジしたり、ポピュラー音楽的なセンスがあるあたりが大きな特徴でしょう。フラックスの場合には、これらのどちらとも異なっていて、なんというか、とてもアメリカ的な団体なんですね。

―アメリカ的、というと・・・?

 プログラムの中心がアメリカの作曲家ということもあるんですが、面白いことに、彼らが得意にしているのは、コンロン・ナンカロウやエリオット・カーターのようなすごくテンポが速くて複雑な曲と、逆にモートン・フェルドマンのように時には数時間かかるような、すごく遅い曲なんですよ(笑)。この極端さに加えて、メンバー4人は台湾の方が二人、そしてアメリカ、カナダが一人ずつというあたりにも、アメリカ的な性格を感じます。

―今回のアメリカ・プログラムでは、古典のバルトークをのぞくと、すべてアメリカ人作曲家です。なんと、カルテットのリーダーのトム・チウによる作品も入っていますね。

 そう、私はまだ聴いていないのですが、ちょっと楽しみですね。このチウさん、台湾出身なんだけれど、ユニークな人なんですよ。よく喋るし、いつも仕切り役を務めているんですが、突然に楽器を弾きだしたりと、まあ奔放なんです。一方、チェロのフェリックス・ファンは冷静な人。この台湾出身のふたりの間を、北米出身の二人ががっちりと固めているという感じでしょうか。

―以前の来日では、一柳さんの作品も演奏されていますが、どんな印象でしたか?

 いや、本当に驚きましたね。私の「インナー・ランドスケイプ」という曲は技術的に決して易しくはないんだけど、ちょっと今まで聴いたことがないくらい見事なものでした。実際に演奏を体験した、何人かの友人の音楽家たちもみな、そう言ってました。曲の印象が変わるくらいだったと。

―技術的に正確ということですか?

 もちろん、技術的な水準はものすごく高いです。それなのに、いわゆる「クラシック的」に、ただきっちり合わせようとするわけではなくて、つまり、上手いのに自由なんですよ。私の曲には、途中で不確定的な(ある程度は奏者の自由になる)部分が出てきますが、そうしたところも、躊躇なく、のびのびと弾いてしまう。なかなか普通はそうならないんですけどね。

一柳慧、弦楽四重奏曲の軌跡

―今回、一柳さんの弦楽四重奏曲が全曲演奏されるわけですが、この中ではまず、最初の「0番」(「弦楽四重奏曲」1957)が珍しい。

 ニューヨークでジュリアード音楽院に通っていた時の作品です。私がアメリカに行く前、すでに諸井誠さんや入野義朗さんが十二音技法(シェーンベルクが考案した、無調の作曲技法)の曲を作っていて、かなり興味があったんです。で、アメリカでもそうした作曲技法を学んでみたいと思ったんだけども、当時のジュリアードの作曲科にはそれを教えてくれる作曲家は誰もいなかった。むしろ、ピアノを教えてもらっていたウェブスターという人が現代の音楽にははるかに詳しくて、いろいろ相談にのってくれました。

―ほとんど独学で、十二音技法を使って書いたわけですね。

 ええ、ジュリアード弦楽四重奏団が、学生向けの小さなホールで初演してくれました。まあ、確かにジュリアードには通っていたけれども、あの頃はニューヨークにものすごい活気があって、街全体が学校のようなものでしたね。マジソン・アベニューやレキシントン・アベニューのあたりは、ブティックが並ぶみたいにして最先端の画廊が軒を連ねていたりして・・・何もかもが刺激的でした。

―不確定な記譜法が使用された「第1番」は1964年の作品ですが、そのあと20年以上、弦楽四重奏曲をお書きにならなかったはなぜでしょう。

 特に理由はないのですが、考えてみれば、その頃の日本には不確定的、偶然的なものに対して十分に理解のある弦楽器奏者が少なかったということはあるかもしれませんね。カルテットの形で新しいことをやっているグループは少なかった。

―第2番「インナー・ランドスケープ」(1986)から第4番「森の中で」(1999)までは演奏機会もしばしばありますが、第5番(2018)というのは?

 これは昨年、カリフォルニアの夏のフェスティバル(ラ・ホイヤ サマーフェスティバル2018)で、フラックスが初演するために書いた作品なんです。だから私もまだ生演奏で聴いたことはありません。弦楽四重奏の場合には、和音を鳴らすというよりは、横の流れ、対位法的な流れが大事になるわけで、私の場合にはそれが水の流れのように移動しているというイメージなんですが・・・特にこの「第5番」はそうした曲になっていると思います。実は今回、彼らの演奏は日本でCD化される予定で、6曲全部をライブ録音というのは、かなり大変なはずです。ただ、この4人だったら意外に平気でやっちゃうような気もするんですよ。

―演奏会のほかに、今回は若い人を対象にした作曲賞もありますね。

 私はベートーヴェンの四重奏曲も好きなんですけど、しかし今カルテットを書くとしたら、同じようなものを書くわけにはいかないわけですよね。若い人で、これまでのオーソドックスなカルテットとは違うものを書いてくれる人がいたらいいなと。まだ経験の浅い人の方が、むしろ根本的なところから四重奏を考え直すとも思うし、そうした作品をフラックスが弾いたら、きっと、素晴らしいものになるでしょうね。


my hall myself

私にとっての神奈川県民ホール

 県民ホールの大ホールは、神奈川で本格的なオペラができる代表的な場所ですし、小ホールにはオルガンもある。一方で、ここのギャラリーは神奈川でもいちばん大きくて、実にいいスペースなんですよ。私は普段から、いろいろな芸術ジャンルの垣根をこわしたいと思っているので、ホールだけでなく、ギャラリーも使って、これまでに色々なことをやらせてもらいました。こうした複合的な性格が、県民ホールの魅力ですね。


取材・文:沼野雄司(桐朋学園大学教授、県民ホール・音楽堂 芸術参与、第29回吉田秀和賞 受賞)

撮影:末武和人


一柳 慧 Toshi Ichiyanagi

神戸生まれ。19歳で渡米、ジョン・ケージと偶然性や図形楽譜による音楽活動を展開。尾高賞、フランス芸術文化勲章、毎日芸術賞、京都音楽賞大賞、サントリー音楽賞、日本芸術院賞および恩賜賞等受賞多数。2008年より文化功労者、18年には文化勲章を受章。神奈川芸術文化財団芸術総監督。


神奈川県民ホール 開館45周年記念

一柳慧プロデュース フラックス弦楽四重奏団

現代を生きる音楽Ⅱ -New Sounds from NY-

神奈川県民ホール〈小ホール〉

出演:トム・チウ(ヴァイオリン) コンラード・ハリス(ヴァイオリン) マックス・メンデル(ヴィオラ) フェリックス・ファン(チェロ)

   エリザベス・オゴネク(招待作曲家)

●コンサート① 系譜 -Family Tree of American Composers

2020年1月11日(土) 15:00

ナンカロウ:弦楽四重奏曲 第3番/オゴネク:ランニング・アット・スティル・ライフ/バルトーク:弦楽四重奏曲 第5番 他

●コンサート② 一柳慧 弦楽四重奏曲 全曲演奏会

2020年1月18日(土) 15:00

全席指定 一般4000円 セット券(1/11&1/18)7000円 学生(24歳以下・枚数限定)1000円

*公演に関する詳細はP8をご覧ください。

kanagawa ARTS PRESS

神奈川芸術プレス WEB版