イザベル・ファウスト(ヴァイオリニスト)
私とケラス、メルニコフとのトリオでは、
あらゆる時代、あらゆる作曲家のスタイルやその時代性を
見極めていきたいと思っています。
イザベル・ファウスト(ヴァイオリン) &
ジャン=ギアン・ケラス(チェロ) &
アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)
神奈川県立音楽堂
当代きってのヴァイオリニスト、イザベル・ファウストが、2017年2月、4年ぶりに神奈川県立音楽堂で演奏します。チェロのジャン=ギアン・ケラスとピアノのアレクサンドル・メルニコフという屈指のアーティストと組んだ、今、クラシック音楽界で大注目のピアノ・トリオでの登場です。
ケラス、メルニコフとの出会い
—ケラス、メルニコフとトリオを組んだきっかけとは?
ジャン=ギアンとは25年くらい前からの知り合いです。アレクサンドルとは15年ほど前からでしょうか。室内楽フェスティヴァルなどで二人に会うことが何度もあり、いろいろな機会でそれぞれと共演していました。
ドヴォルザークの「ピアノ三重奏曲第3番 ヘ短調」を録音する企画が出た時に、二人に声をかけました。そしてドヴォルザークの「ヴァイオリン協奏曲」とカップリングしたCDとしてリリースしました。
とても楽しくレコーディングを進めることができたので、ドヴォルザークの他の作品の録音や、また別のプロジェクトでもトリオを組んでいくことにしました。こうして、ベートーヴェンやシューマンのCDもリリースし、また、コンサートも定期的に行なってきています。
さまざまな作曲家の作品をこなす柔軟性と適応性を兼ね備えている音楽家と、それぞれの強い個性を保ちながら、互いに共有できる演奏解釈を見出していくことができる。このトリオを組むことができて、とてもラッキーだと思っています。
私たち3人は、あらゆる時代、あらゆる作曲家のスタイルやその時代性を見極めていきたいと思っています。それが、私たちの活動の基調なんです。
—ファウストさんは、室内楽について、ケルビーニ四重奏団の創設者でもあるヴァイオリニスト、クリストフ・ポッペンから多くを学んだそうですね。
ポッペン先生は、私が音楽をつくっていく上で、常に自分自身で考え、独自の判断と理論付けをしていくように促してくれました。これが、彼から学んだことのなかで、私が最も大切にしていることです。
シューマン・プロジェクトについて
―2014年からケラス、メルニコフとシューマンの三つの「ピアノ三重奏曲」を録音し、その各1曲とシューマンのヴァイオリン、チェロ、ピアノそれぞれの協奏曲とをカップリングした3枚のCDをリリースされました。今、大きな話題になっていますね。この「シューマン・プロジェクト」の構想は、どのようにして生まれたのでしょうか。
このアイディアは、シューマンの三つの「ピアノ三重奏曲」からの1曲をプログラムに組んだツアーをしていた時に出てきたものです。私たち3人ともシューマンの音楽をとても愛していることが分かったのです。それで、「ハルモニア・ムンディ」レーベルに企画を提案し、また協奏曲のオーケストラとして、フライブルク・バロック・オーケストラがすぐに思い浮かびました。
―「シューマン・プロジェクト」では、弦楽器には古楽演奏で使われるガット(羊腸)弦を用い、モダン・ピアノの前身であるフォルテピアノで演奏していますね。
シューマンが作曲にあたって実際に想定し、当時よく耳にしていたものとほぼ同じ楽器で演奏するほうがより良いだろう。そう私たちは考えたのです。
―共演のフライブルク・バロック・オーケストラは、古楽器演奏の名手集団として、日本でも高い人気があります。
パブロ・ヘラス=カサド指揮のフライブルク・バロック・オーケストラの演奏は、完璧でした。彼らは先入観を持たず、安易な妥協なしに熱意を持って、私たちと息がぴったりと合った演奏をしてくれました。
―1810年に生まれ56年に亡くなったシューマンの時代は、まさにフォルテピアノが現代のモダン・ピアノに移り変わっていった時期だったわけですね。弦楽器のスチール弦が今日のように一般的になったのは、20世紀半ばだったわけですし。実際のところガット弦とフォルテピアノによってもたらされるシューマン作品の魅力は何でしょうか?
手短にお伝えするのは難しいのですが……。古楽器は、モダン楽器よりも音色が豊かで、透明感もありますので、アーティキュレーションがより明瞭になります。フォルテピアノの変化に富んだ響きだと、ピアニストは常に弱音で演奏し続けるという必要がないので、弦楽器とピアノとの自然なバランスを探っていくことができます。これはほんとうに楽しいですよ。でもこうしたことは、古楽器の数多くの魅力の一部にすぎません。
私は、古楽器のガット弦や弓、フォルテピアノなど歴史的ピアノの響きが大好きなんです。そして皆さんにも古楽器の格別な美しさを聴き取っていただきたいと思っています。至上の美しさを持ち、音楽ならでは恵みをもたらすもの、つまり楽曲の構造とそのあらゆるディテールにある豊かさが、古楽器演奏を通じてより理解しやすくなればと思っているのです。
実際、シューマンを古楽器で演奏することで、多くのことが見えてきます。
ただ古楽演奏は多くのことを私たちに明らかにしてくれますが、最も重要なことは、楽譜に基づいた演奏をするということだと思います。
県立音楽堂では、現代の作品「エピグラム」(2012)もあるのでモダン・ピアノで演奏し、ガット弦は使わないでしょう。
公演プログラムについて
―来年2月のプログラムでは、シューマンの「ピアノ三重奏曲第3番 ト短調」のほか、カーター「エピグラム」、シューベルト「ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調」が取り上げられます。
シューベルトの「ピアノ三重奏曲」は、以前から私たちのレパートリーにしてきました。昨年、「変ロ長調(第1番)」を取り上げましたが、今年は「変ホ長調(第2番)」に取り組んでいます。2曲とも大作で難曲です。シューベルトの音楽は、私が知る作曲家のなかで最も天国的であり、最も難しい音楽ですね。
私たちはまだシューベルトをモダン・ピアノでしか演奏してきたことがないんですよ。でも、近いうちにこの2曲は古楽器で演奏することになるだろうと思います。
「エピグラム」は、アメリカの作曲家エリオット・カーター(1908~2012)が最後に完成した、まさに傑作というべき作品です。
この作品を委嘱したピアノのピエール=ロラン・エマールとジャン=ギアンとで演奏したことがあるのですが、ピエール=ロランは、カーター作品を十全に理解していて、とても助かりました。「エピグラム」は、音楽的に理路整然として、ある意味とても古典的で明快、分かりづらい表現がまったくない作品です。
神奈川県立音楽堂でのコンサートのために、インスピレーションを与えてくれる、とてもエキサイティングなプログラムを作り込みました。これらの素晴らしい音楽を、ぜひ皆さんとともに分かち合いたいと思っています。
―超多忙な3人がトリオを組むというのはスケジュール的にも困難なのでは?
ほんとうに大変なのですが、トリオのために優先的に時間をつくるようにしていて、やりくりしてけっこう数多くのコンサートを開くことができています。次に計画している大きなものは、たぶん、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲全曲になると思います。
―日本についてはどのような感想をお持ちですか?
街中まで出かけることって、ほとんどないんですよ。スケジュールがとてもタイトなので。でも1~2日、自由な日を捻出するようにしています。前回の訪日時には、古い素敵な旅館で過ごすことができました。数年前には、3日間オフをつくって白川郷に行ったんですよ。信じられないほど深い感銘を受けました。これからもぜひ日本の伝統的な田園風景を観に行きたいなと思っています。
my hall myself
私にとっての神奈川県立音楽堂
日本のコンサートホールはどれもとても素晴らしいです。そのなかでも神奈川県立音楽堂は、とっても美しいホールですね! 毎回、ここで演奏できることが楽しいですし、私のヴァイオリンも楽しんでいるように思います。神奈川のみなさんのもとに帰りたくてたまりません。
取材・文:川西真理
イザベル・ファウスト Isabelle Faust
並外れたテクニックと洗練された音楽性で、古楽からモダンまであらゆる演奏スタイルをこなし、目覚しい活躍を続けている。これまでに、ベルリン・フィルをはじめロンドン・フィル、バイエルン放響、ミュンヘン・フィルなど世界トップ・オーケストラと定期的に共演。指揮者ではアバド、ヤンソンス、ハイティンク、ブリュッヘン等と共演。室内楽奏者としても数々の音楽祭に出演し、メルニコフ、ケラスのほかフォークト、シュタイナー、テツラフ、T.ツィンマーマン、ペルガメンシコフ、イッサーリス、C.ハーゲンらとも共演をしている。使用楽器は、ストラディヴァリウス 「スリーピング・ビューティ」(1704年製)
2017年2月26日(日) 15:00 神奈川県立音楽堂
シューマン:ピアノ三重奏曲第3番 ト短調 作品110
エリオット・カーター:エピグラム(2012)
シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 作品99 D898
全席指定 一般7000円 シルバー(65歳以上)6500円 学生(24歳以下)4000円
※ヴィルトゥオーゾ・シリーズ3公演セット券は、予定枚数に達したため、取扱いを終了しました。
photo(上から)
©Felix Broede
左から ケラス、ファウスト、メルニコフ
©Felix Broede
©Felix Broede
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