上野水香 (東京バレエ団 プリンシパル)
「ボレロ」は、だれでも踊れる、なんて生易しい作品じゃないんです。
踊るたびに違う世界が広がります。
お客さまには踊っている瞬間の「私」を感じていただければうれしいです。
東京バレエ団〈ウィンター・ガラ〉
神奈川県民ホール
モーリス・ラヴェル作曲「ボレロ」にモーリス・ベジャールが振り付けたバレエ作品「ボレロ」は、モーリス・ベジャール・バレエ団が許可したダンサーしか踊ることを許されていない特別な作品だ。上野水香は、20世紀を代表する振付家であるベジャールから直接指導を受け、日本の女性ダンサーで唯一踊ることのできる稀有な存在。これまで彼女は、神奈川では「横浜ベイサイドバレエ」の野外ステージで2回「ボレロ」を踊ったことがあるが、神奈川県民ホールで踊るのは初めてとなる。
ベジャールから直接指導を受けた幸せな体験
—「ボレロ」を最初に踊ったのはいつですか?
2004年ですね。東京バレエ団に入ってすぐの海外ツアーが最初です。東京バレエ団の国内外のツアーで「ボレロ」はもう何度も踊っています。
—ベジャールさんの指導は?
映像を見ていただいて許可は得ておりましたが、モーリス・ベジャール・バレエ団がその年に来日しており、ベジャールさんが日本にいらしていたので直接見ていただく機会に恵まれました。
「こういう動きだよ」、「こういうところを注意するんだよ」、という細かな指導も受けましたが、ベジャールさんが大事にしていたのはスピリットの部分でした。彼はそれを表現できるダンサーを求めていましたし、表現してほしいと切に思っていました。目の前にベジャールさんが座って私をじっと見つめているあの空間にいることで、私は作品を理解できたと思っています。ベジャールさんは「とてもいい」と言ってくださいましたし、「いいボレロになるだろう」という言葉をいただきました。あの時は、東京バレエ団に入って間もない頃で、広いお稽古場で団員が周りを囲むように見ていて、ベジャールさんのドキュメンタリーを撮っているフランスと私の「トップランナー」のVTRを収録中の日本のテレビカメラも入っていて大変な雰囲気だったんですよ(笑)。
―目の前にいるベジャールさんはこわかったですか?
いいえ、とても穏やかでした。一番印象に残っているのはブルーの瞳です。広い海か空が広がっているかような瞳をしていらしたんです。奥の方がすごく澄んでいて、とてもピュアで吸い込まれそうでした。
―「ボレロ」は踊るダンサーによって印象が全然異なりますね。
本人が意図しなくても、その時のダンサーのありのままが出てしまう作品なのだと思います。シルヴィ・ギエムがそうだったように、同じダンサーでも年を経ることで受ける印象が変わってきますよね。偉大なアーティストならみなそうだと思うのですが、うまいへたなどというレベルではなく、自分らしい踊りを追求している。シンプルな振付だからこそそれが強く出る。だれでも踊れる、なんて生易しい作品ではないんです。
私も世界の舞台で踊る機会が増えてから、自分らしい踊りとか、私の個性って何だろうと考えるようになりました。主役を踊り始めた頃はとにかくきれいに踊りたいと、そればかり考えていたんですが、意識が変化してきている今の私が「ボレロ」では現れているのだと思います。そういう「私らしさ」「私のバレエ」を見ている人に感じさせることができなければ、海外の方がわざわざ私を呼んでくださったりしないと思うんです。
「ボレロ」は踊るたびに感じることが全く違う
―「ボレロ」を踊っている時にどんなことを感じているのでしょうか?
踊るたびに全く違うことを感じているんです。
赤い台は自分だけの小さい宇宙、だれにも侵されることのない自分だけのもの、と思ってそこで踊ることでとてつもない解放感に達することがありました。あとは生まれてから死ぬまでの自分の人生を踊ったような感覚になった時もありました。曲は単調だけれどドラマティックなので、音楽を感じているうちに人生を踊っているような気持ちになったのかもしれませんね。踊り始めの頃は、周りのリズムの人たちを誘惑している気になったのですが、彼らから誘惑されていくエネルギーに逆にやられて自分が滅びてしまう、なんて感じたこともありました。また集中しすぎてしまった時があって、その時は円形の台が筒型にバリアのようになってしまい抜け出せなくなるという恐怖に陥ったこともありました。
本当にそのときの体調、精神状態などによりさまざまな感覚を経験しています。他のダンサーもみなさん同じなのではないでしょうか。
毎回何かを考えながら踊っているというのとは違うんですよ。振付は完全に自分の体に入っていて、踊っていると振付から自由に解き放たれていきます。自分そのものでいられる時間、というのでしょうか。そこで人生を感じるというような無意識の感覚が踊りながら働いているんです。
―「ボレロ」は好きな作品ですか?
自分のレパートリーの中の大事な作品です。踊ってみたいとすごく憧れていたけれど、好き、というには大きすぎるし深い作品です。男性ダンサーが踊った方が力強くて迫力あると思えてしまい、考えれば考えるほど私はああはできないからやりたくない、などと苦しむこともあります。でも自分だけのもの、自分にしかないものを出せればいいんだ、と思えるようになりました。踊る回数を重ねてすばらしいパフォーマンスができるよう深めていきたいです。
県民ホールで踊る時はどんな状態になるのか、自分でも全く予想できないんですよ。私の「ボレロ」は、柔らかくてしなやかと言われます。それが私の持ち味なのでしょう。踊っている瞬間の「私」を感じ取っていただければと思います。
─他に好きなベジャール作品は?
今まで踊ったことのない振付家の作品でしたし、東京バレエ団では数多くレパートリーになっているので、どれもすごく踊ってみたいと思っていました。「ザ・カブキ」の顔世御前などはもともと日本人の役ですから踊ることができてすごくうれしかったですね。「ザ・カブキ」もそうですが、「バクチIII」なども海外のガラ公演で踊っています。
プティ作品は特別な存在
─ベジャール以外にも、現代の振付家ローラン・プティの作品を以前からよく踊っていましたね。
はい!プティ作品は大好きです。神奈川県民ホールで2014年に行われた私の初めてのプロデュース公演「ジュエルズ・フロム・ミズカ」でもルイジ・ボニーノと踊りましたが、最近もベルリンで行われた「マラーホフ&フレンズ」でルイジ・ボニーノと「チーク・トゥ・チーク」を踊ってきました。東京バレエ団に入ってベジャール作品をはじめ、さまざまな初めての作品に挑戦してきて、2012年にほぼ10年ぶりにプティ作品を踊ったんです。「やっぱりこれだな、自分にマッチしているな」と思いました。「水を得た魚」になれるんです。
─2017年には東京バレエ団の公演で、ローラン・プティ振付の「アルルの女」が上演されますね。
私は以前、世界バレエフェスティバルでドミニク・カルフーニとマニュエル・ルグリの「アルルの女」を見て、ヴィヴェットを踊ったカルフーニにものすごく感動したんです。「アルルの女」は男性がメインの作品ではありますが、カルフーニのように印象を残すことができるんだと感心しました。自分もぜひ踊ってみたいと長い間思っていたんです。昨年初めてロベルト・ボッレとパ・ド・ドゥを踊ることができました。そのとき手応えを感じていたところで全編を上演することになりました。もし踊れることになったら、月の光のような心に残るヴィヴェット役を演じることができたらと思います。
年末恒例、神奈川県民ホールの「ファンタスティック・ガラコンサート」
―今年ももちろん「ファンタスティック・ガラ」で活躍されますね。
あのガラ公演をやらなければ年は越せません。これは私だけでなく、指揮の松尾葉子先生や司会をするオペラ歌手の宮本益光さん、出演者はみな同じ気持ちです。
今年は「エスメラルダ」を踊ります。初めての役です。15歳くらいの頃にバリエーションだけ発表会で踊ったことがあるのですが、それ以来なのです。役のカラーが私に合っているのではないかというのと、踊りたいという思いから決めました。そしてもう一作品、「リベルタンゴ」を踊ります。これは再演なんですが、とても好評だったのでお客様の熱いアンコールにお応えします。ここでは神奈川フィルのソロ・コンサートマスター、石田泰尚さんとの初共演も楽しみにしています。お客さまも、ぜひ出演する私たちと一緒にお楽しみください。
my hall myself
私にとっての神奈川県民ホール
鎌倉に住んでいる私にとって一番近い大きな劇場は神奈川県民ホールで、小さい頃からなじみ深く親しみのあるホールです。最近では毎年年末に行われる「ファンタスティック・ガラコンサート」に出演して、ホールへの親近感もぐっと増しました。また私の夢だった自分のガラ公演「Jewels from MIZUKA」をこのホールで実現させることもできました。
取材・文:結城美穂子/ 撮影:末武和人
ローザンヌ国際バレエコンクールに15歳で入賞し、モナコ留学。2004年、東京バレエ団入団。07年よりかながわ観光親善大使。神奈川県民ホールでは14年に自身初のプロデュース公演「Jewels from MIZUKA」を成功させ、「ファンタスティック・ガラコンサート」に08年より毎年出演、17年2月には東京バレエ団〈ウィンター・ガラ〉に出演予定。
2017年2月25日(土) 15:00 神奈川県民ホール 〈大ホール〉
「ボレロ」 振付:モーリス・ベジャール 音楽:モーリス・ラヴェル
「中国の不思議な役人」 振付:モーリス・ベジャール 音楽:ベラ・バルトーク
「イン・ザ・ナイト」(東京バレエ団初演) 振付:ジェローム・ロビンズ 音楽:フレデリック・ショパン
出演:上野水香 柄本 弾 宮川新大 木村和夫 他
※音楽は「イン・ザ・ナイト」のみピアノ演奏、他は特別録音による音源を使用
全席指定 S 9000円 A 7000円 B 5000円 C 3000円 学生(24歳以下)2000円
※未就学児の入場はご遠慮ください。
※有料託児サービスあり公演1週間前までに要事前予約
イベント託児マザーズ 0120-788-222(土日祝日を除く10:00~12:00/13:00~17:00)
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