川瀬賢太郎 (指揮者)

「愛」が社会のなかでひとつの大きな力になるということ、
混沌とした時代のなかで「愛」が希望をもたらすということを、
モーツァルトはオペラのなかにメッセージとして残しています。


神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ 2017

W.A.モーツァルト作曲 「魔笛」 全2幕

神奈川県民ホール


 川瀬賢太郎の勢いが止まらない。国内最年少常任指揮者として神奈川フィルハーモニー管弦楽団の重責を務めるとともに、オペラでは細川俊夫の「班女」「大鴉」「リアの物語」を国内外で指揮、また、ひろしまオペラルネッサンス2015「フィガロの結婚」、NISSAY OPERA 2016「後宮からの逃走」とモーツァルト作品を次々に制覇。来たる3月には神奈川県民ホールでモーツァルト最後のオペラ「魔笛」に挑戦する。

 

—オペラを作り上げる醍醐味とは。   

 長い時間と手間暇をかけることが、オペラの醍醐味だと思います。ひとりで勉強する時間も長いです。テキストの単語ひとつひとつを検討し楽譜を読み込む。そして音楽稽古が始まり、演出稽古、2回の通し舞台稽古、ゲネプロを経て、本番に臨みます。

 本当に多くの人たちが一丸となって舞台に向けて動いていることも魅力ですね。オーケストラ、指揮者、歌手、演出家、演出助手、美術や照明の舞台スタッフがひとつの家族のように3カ月ぐらい苦楽を共にしながら、これしかないというところを探ってお客さまに提供する。それが、オペラをしていて一番楽しいと思っていることです。 

 

「魔笛」に秘められたメッセージ

—昨年11月に日生劇場で「後宮からの逃走」を指揮されましたが、「後宮」の10年後に作曲された「魔笛」には、モーツァルトのどのような進化があると思いますか? 

 「後宮からの逃走」はモーツァルトが26歳のときに書いているわけで、やりたいことが溢れています。が、それが故にアリアが非常に長かったり、何回も繰り返しがあり、しかも同じことをしゃべっている。それに比べると、モーツァルト最晩年の「魔笛」は良い意味でシンプルになっているところがありますね。そして間違いなく音楽的に深くなっていると思います。

 「魔笛」には、神の大祭司ザラストロと夜の女王という光と闇の対立とか、フリーメーソンなどいろいろなテーマが秘められています。フリーメーソンとの関わりですと、たとえばフィナーレのヴァイオリンの音型の二つの音を、モーツァルトはスラーで結び付けています。それは、人と人とを結び付けるという意味、ひとつのシグナルなんですよね。こうしたさまざまな意味を明確に音楽に書いているところが、「魔笛」の興味深いことのひとつだと思います。

―「魔笛」は物語が急激に変わったりしますね。第1幕で娘をさらわれ悲しみにくれる母親であった夜の女王が第2幕で闇の存在となります。

 そう、一変する。分かりづらいこのオペラが、今日でもこれだけ上演回数が多いというのは、現代社会にも通じるメッセージがあるからだと思います。

 光と影といっても、影がないと光の部分がないし、光がないと影の部分もないわけで、影だから悪くて光だから良いのかというわけでもない。どちらが正しいとか悪いとかというのは、本当は誰も分からないわけですよね。モーツァルトはそんな複雑な社会のなかでずっと愛を追い求めていきました。「後宮からの逃走」も、「フィガロの結婚」も、「コジ・ファン・トゥッテ」も「ドン・ジョヴァンニ」もそうです。恋愛だけではなく友愛や親子の情愛も含めて、「愛」が社会の中でひとつ何か大きな力になるということ、18世紀終わりの混沌とした時代のなかで「愛」が希望をもたらすということをモーツァルトはメッセージとして残したと思うのです。僕は、今回、そこに重点を置いて「魔笛」を読み込んでいきたいと思っています。


ダンスを交える勅使川原三郎演出

―演出は、世界的なダンサー・振付家の勅使川原三郎さんです。

 勅使川原さんのアイディアはとても興味深く、勅使川原さんのグループKARASの主力ダンサーである佐東利穂子さんと東京バレエ団のメンバーが人物の深層心理をダンスで表現し、「魔笛」のドイツ語のセリフ部分を佐東さんが日本語でナレーションをして物語を進行していきます。通常のジングシュピール(歌芝居)とは異なる勅使川原さんならではの「魔笛」ができるんだなと感じています。金属製の大きなリングを使った美術もすごくきれいだと思いますし。これから稽古に入ったらダンスの表現についてももっと知っていきたいし、ここでしか観られない「魔笛」を創り上げたいと思っています。


気心の知れたアーティストたちと

―ダブルキャストとなる「魔笛」出演の歌手の方々とは? 

 夜の女王の安井陽子さんは僕の妹が高校生のときの副科声楽の先生でした。もう一人の夜の女王、高橋維さんは神奈川フィルでも名古屋フィルでも共演しています。タミーノの鈴木准さんとは先日の「後宮からの逃走」で共演しましたし、パパゲーノの宮本益光さんとはもうしょっちゅうご一緒しています。パパゲーナの醍醐園佳さんは東京音楽大学の先輩です。弁者&神官の小森輝彦さんも何度もご一緒しています。

―和気あいあいと作品を作り上げていくことができそうですね。

 東京バレエ団からはプリンシパルの方も入った16名のダンサーが出演します。中には僕のファンだと言ってくださり、公演に来てくださる方もいるんです(笑)。

 こういうアットホームななかで舞台を作っていけると思うと、とても楽しみです。

―演奏は常任指揮者をされている神奈川フィルですね。

 オーケストラ・ピットで神奈川フィルを振ることを楽しみにしています。神奈川フィルはとにかく古典派の音楽を得意としているので、「魔笛」は絶対に合うと思います。それに、ピットのなかでの神奈川フィルは、驚くほど上手い。それをどうして知ったのかというと、県民ホールでのオペラ「金閣寺」(2015年12月上演)のリハーサルに行ったら、ピットで下野竜也さんが振る神奈川フィルがめちゃめちゃいい音を出していたんです。ちょっと嫉妬したぐらい(笑)。それに、県民ホールのピットからの響きはものすごくいいですよね。

 だからもう、半分冗談、半分本気で、年末の「第九」もオーケストラはピットで合唱だけ舞台にのって演奏したらいいのに、とかスタッフに話したぐらいです。

 いま「魔笛」のオーケストラ編成を相談している最中なのですが、弦楽器は12型(第1ヴァイオリン12、第2ヴァイオリン10、ヴィオラ8、チェロ6、コントラバス4)でいいですかと訊かれたので、12型は大きすぎるので10型(第1ヴァイオリン10、第2ヴァイオリン8、ヴィオラ6、チェロ5、コントラバス4)にすることになりました。バロック・ティンパニを使うとかも考えています。古楽演奏にとりわけ興味があるわけではないのですが、モーツァルトのサウンドがそういうものを求めてると感じるところが要所要所にあるんです。神奈川フィルはバロック・ティンパニを持ってるし。テンポも多分、もうちょっと速くすると思います。オーソドックスな演奏とは異なるものにしたいと思っています。

―「魔笛」上演に向けてのメッセージを。

 オペラ初心者の方でも「魔笛」はとにかく楽しめる。全体にそんなに長くないのでたくさんの方に観ていただきたいなと思います。ダンスとのコラボレーションや、ディズニー映画のベイマックスみたいな衣裳が出てきたりして、そういったところにもぜひ注目していただきたいです。

「魔笛」に限らず、今日まで残っているオペラには価値が絶対あると思うんです。どの作品にも強い社会的なメッセージが含まれていて、その捉え方は人それぞれだと思いますが、現代の私たちにとっても心に響くものがあると思います。この「魔笛」公演がモーツァルトからのメッセージを受け取るひとつの機会になってくれたらと思っています。

*18世紀欧米の貴族や知識人に広まった博愛・自由・平等の実現をめざす国際的友愛団体。モーツァルトもその一員だった。


my hall myself

私にとっての神奈川県民ホール

 神奈川県民ホールで一番印象に残っている公演は、自分の演奏よりも、2015年12月の「金閣寺」です。とにかく美しかった。すべてが素晴らしかったですよね。舞台はきれいだったし、歌手もみんな良かったし、神奈川フィルも良かった。ああいうことを、僕も県民ホールのみなさんと一緒にやっていけたらいいなと思っています。


取材・文:川西真理/ 撮影:末武和人 


川瀬賢太郎 Kentaro Kawase

1984年東京生まれ。東京音楽大学卒業。2006年東京国際音楽コンクール〈指揮〉1位なしの2位(最高位)。その後、東京響、日本フィル、読売日響、東京フィルなどを客演指揮。現在、神奈川フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者、名古屋フィルハーモニー交響楽団指揮者、八王子ユース弦楽アンサンブル音楽監督。三重県いなべ市親善大使。2015年渡邉暁雄音楽基金 音楽賞、第64回神奈川文化賞未来賞、2016年第14回齋藤秀雄メモリアル基金賞、第26回出光音楽賞、第65回横浜文化賞 文化・芸術奨励賞。


神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ2017

W.A.モーツァルト作曲 「魔笛」 全2幕

2017年3月18日(土) ・19日(日) 各日14:00 神奈川県民ホール 〈大ホール〉

演出・装置・照明・衣裳:勅使川原三郎 指揮:川瀬賢太郎

出演:18日/19日

ザラストロ:大塚博章/清水那由太 夜の女王:安井陽子/高橋 維 タミーノ:鈴木 准/金山京介 パミーナ:嘉目真木子/幸田浩子

両日

パパゲーノ:宮本益光 パパゲーナ:醍醐園佳

侍女Ⅰ:北原瑠美 侍女Ⅱ:磯地美樹 侍女Ⅲ:石井 藍 弁者&神官Ⅰ:小森輝彦 モノスタトス:青栁素晴 神官Ⅱ:升島唯博

武士Ⅰ:渡邉公威 武士Ⅱ:加藤宏隆

ダンス:佐東利穂子 東京バレエ団 合唱:二期会合唱団 管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

全席指定 S 13000円 (Sペア24000円) A 10000円 B 7000円 C 6000円 D 4000円 学生(24歳以下・枚数限定)2000円

特設サイト


川瀬賢太郎メッセージ動画 配信中!

kanagawa ARTS PRESS

神奈川芸術プレス WEB版