スガダイロー (ピアニスト/作曲家)
観客も舞台に参加して、マハゴニー市民になって、
それでみんなが考えていくというような劇になっていくと思います。
ヤジとかも飛ばしていいんじゃないかな。
白井 晃演出「マハゴニー市の興亡」
KAAT神奈川芸術劇場
超絶技巧、ハイテンションかつ鋭利な即興。圧倒的なパフォーマンスで注目のフリージャズ・ピアニスト、スガダイローが、昨年の『ペール・ギュント』に続き、今秋、ブレヒト&ヴァイルの傑作『マハゴニー市の興亡』の音楽監督を務める。演出の白井晃との打ち合わせの後に、お話をうかがった。
—白井晃演出『ペール・ギュント』での手応えはどうでしたか。
刺激的な毎日で楽しかったです。
舞台音楽は初めてでしたので、最初は戸惑ったんですけど、意外とできましたね。上演中、毎回違う曲を仕込んだりしていました。俳優さんたちも意外と乗ってきて、即興でやってくるようになって、悪ノリを仕掛けられてこちらが焦ったりということもありました。
ひとつの作品の音楽全部にかかわるということ自体初めてでしたので、とても刺激的だったんです。ただ『ペール・ギュント』に入り込んでしまい、公演後2週間ぐらいライヴでちゃんと弾けなくなってしまって、ちょっと困りましたけど(笑)。
—グリーグ作曲の『ペール・ギュント』には縛られませんでしたか。
実は、グリーグの曲のことはすっかり忘れていて。知らずに入ったのが良かったのかもしれないですね。周りから「グリーグをどう超えるんだよ」とか言われていたんですが、「知らないから、別なことができるんじゃないの」みたいに思っていました。
「朝」とかは小学校のときに創作ダンスで使われていたので耳に付いていたんですけど、稽古がだいぶ進んでから、あれはグリーグの『ペール・ギュント』の1曲だったと気が付いたぐらいで……。公演では、ソロ・ピアノで「朝」をグリーグへのちょっとしたオマージュで入れたりしたんですよ。
―白井さんとのタッグはいかがでしたか。
白井晃さんは音楽にとてもこだわる方なので大変だよ、とミュージシャンたちから聞いていたんです。でも、これが最初だから大変かどうかもわかっていないまま、もうずっと、台本を全部覚えちゃうぐらい一緒にいました。で、譜面も全部覚えちゃうぐらい頭に入る。なかなかできない経験だったので楽しかったです。
それで、白井さんから『マハゴニー市の興亡』のオファーがあった時点で、すぐ「やります」って答えました。しばらく前から、決めてから考えるっていう主義にしたんですよ。『マハゴニー』にはけっこう有名な「アラバマ・ソング」とかがあるんですけど、それが入ってることも知らずにお受けしました。
オペラへの挑戦
―原作はブレヒトの戯曲、ヴァイル作曲のオペラですが、公演では大胆な解釈をされるのでしょうか。
なかなか面白いというか、けっこう大変なことになっています。なるべくオペラにしばられないようにしようということで、話がまとまりつつあるんです。
オペラって音楽だと思うんです。音楽に劇が付いているという。ヴァイルの音楽にはいい曲がたくさんありますが、それをなぞりだすと、結局、オリジナルのほうがよくなって、そのままやったほうがいいということになってしまう。だから、原曲につられないようにそこをどうにかして新しい解釈を見つけ出す、ということを話し合っています。
―音楽はどのように?
バンドは5人―サックス/バスクラリネット、トランペット、テューバ/ベース、ドラムス、ピアノ―かな。もとがオーケストラの音楽なので、けっこうな編曲が必要になってくる。なるべく自由に、という思惑があって。
―『マハゴニー市の興亡』には「救い」がないですね。ヴァイルより一時代前のワーグナーのオペラだったら最後に「救済」がありますが。
『マハゴニー』では救済がなされそうにはなるけれど、最後は結局、あっけなく死んだり、処刑されたりしますからね。
―マハゴニーは、指名手配中の逃亡犯、ベグビック、ファッティ、モーゼの3人が逃亡先の荒野に作った、酒・女・ギャンブル三昧の、金があれば犯罪でもなんでも許される街です。この街の徹底的な拝金主義は、今の時代にとっても切実な問題ですね。
そこが課題なんですよ。どれだけ毒を持てるか、というところが。だからこそ、オペラ的なカタルシスは全部排除していかないと。オペラは一度忘れるぐらいの感じでいかないと難しい、と思っています。
―出演は、マハゴニーにやってくるアラスカの樵ジムに山本耕史、売春婦ジェニーにマルシア、3人の逃亡犯に中尾ミエ、上條恒彦、古谷一行と強力な俳優陣が揃っています。これまでに接点があった方はいらっしゃいますか。
どなたとも接点はないんです。ただ、時代劇が好きなので、テレビでは拝見していました。NHK大河ドラマ『新選組!』は全部観ていましたから、山本さんはもう土方歳三だと思っていますし、中尾さんは『必殺仕事人』で、上條さんは『木枯し紋次郎』の主題歌を歌われていたし、古谷さんは筒井康隆原作の『ジャズ大名』という好きな映画の主人公だったんですよ。
観客はマハゴニー市民になる
―舞台設定は、原作と同じ1930年代になりますか?
どこでも、どの時代にも当てはまるような話になるんじゃないかな。
舞台のつくり方は、なかなか今まで見たことのないような「こんなこと本当できるの」っていうほど斬新な構想がなされています。
お客さんにはマハゴニー市の一市民になって劇を観ていただき、そこでみんなが考えていく、そのぐらいの勢いです。みんなでチャレンジしていく劇になると思いますので、ぜひみなさんご参加を。
多分、ヤジとかも飛ばしていいんじゃないかな(笑)。それぐらいみんなで参加して作っていく劇になっていく感じなので、ぜひ体験しにきてください。
無茶難題のほうが楽しい
―ところで、スガさんとジャズとの出会いは?
親が、音楽好きだったので。その中で選んだのがジャズだった、しかもフリージャズ。山下洋輔さんとほぼ同い年の父が山下さんのファンで、CDをけっこうたくさん持っていたので、それを聴いて、クラシックのピアノをやっていたんですが、プロにはフリージャズでなりたいと。結局、かなり大変でしたけど。
―音楽大学からアメリカのバークレー音楽大学に留学されたのですね。
アメリカは、刺激しかなかったです。トイレから何からすごくでかいんで。で、けっこう嫌になって帰ってきたんですよ。
―最近は、俳優の方との共演の機会を増やしていらっしゃいますね。
『ペール・ギュント』で共演した河内大和さんとはけっこう馬が合って、 “即興朗読”シリーズということで、最初に『マクベス』、4月に『リチャード三世』をやりました。次に何やるかはまだ決まってはないのですけど、ぜひまたやりたいなと。
―シェイクスピアの弾丸のように出てくるせりふとスガさんのピアノとのバトルが刺激的でした。
僕は何も決まっていなければ決まっていないほど、うまく弾けるんで。決まっていれば決まっているほど間違えだすっていう(笑)。
それか、ちょっと無茶難題でクルト・ヴァイルどうするんだよ、みたいなほうがやれるっていうか。先手より後手のほうが楽しいのかもしれない。
ブレヒトとヴァイルが出会った1927年のドイツでは、アメリカの好景気のもとに経済が復興。ジャズが流行しジョセフィン・ベーカーのチャールストン・ダンスが一世風靡していた。この時代の中でヴァイルは、新しい音楽への突破口をポップスであるキャバレー・ソングに見出し、『三文オペラ』やオペラ『マハゴニー市の興亡』を創り出したのだった。
そんなヴァイルと現代ジャズ界の最前線に立つスガダイローとの交差から、どんな音楽の進化形が誕生するのだろうか。必聴必見の舞台に乞うご期待。
my theater myself
私にとってのKAAT神奈川芸術劇場
KAAT神奈川芸術劇場は、ともかく巨大ですね。まだここで迷いますからね、僕は。そこがもうなんともぜいたくで楽しいです。この劇場は、まだまだいろいろな使い方ができる可能性を秘めている。とてもよく設計された、すごくいい施設なんだと思います。
それに、ここのスタッフは、「こんなことできるの」と投げかけたら、「やってみようよ」と言ってくれそうだし(笑)。
取材・文:川西真理 / 撮影:末武和人
スガダイロー Dairo Suga
1974年生まれ、鎌倉育ち。洗足学園ジャズコースで山下洋輔に師事、卒業後米バークリー音楽大学に留学。帰国後「渋さ知らズ」「鈴木勲OMA SOUND」で活躍、坂田明、森山威男、小山彰太、田中泯らとも共演。自己のトリオでの活動の他、向井秀徳、七尾旅人、中村達也、志人、灰野敬二、U-zhaan、仙波清彦、MERZBOW、吉田達也らと即興対決を行う。2008年『スガダイローの肖像』発表後、ポニーキャニオンから『スガダイローの肖像・弐』、Velvetsun Productsから『春風』(ソロ・ピアノ)、『詩種』(志人と共作)、『山下洋輔×スガダイロー』、『刃文』、『GOLDEN FISH』をリリース。
白井 晃演出「マハゴニー市の興亡」
2016年9月6日(火)~22日(木・祝) KAAT神奈川芸術劇場 〈ホール〉
作:ベルトルト・ブレヒト 作曲:クルト・ヴァイル 翻訳:酒寄進一
演出・上演台本・訳詞:白井 晃 音楽監督:スガダイロー 振付:Ruu
出演:山本耕史、マルシア、中尾ミエ、上條恒彦、古谷一行 他
本公演:S 8500円 A 7500円 B 5000円 3階席2000円
マハゴニー市民席(舞台上特設客席・自由席/入場整理番号付)5000円
U24(24歳以下)4250円 高校生以下1000円 シルバー(65歳以上)8000円
プレビュー公演:一般5000円 マハゴニー市民席(舞台上特設客席・自由席/入場整理番号付)3000円
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